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砂時計

比率 3:2:0

台本を使う前に【利用上のルール】をお読みください。

古賀タケシ(こがたけし) 理屈派
須藤ヨウスケ(すどうようすけ) 適応力が高い
加藤タカヒロ(かとうたかひろ) チャラい
長嶺ナオコ(ながみねなおこ) 慎重な性格
高木カナ(たかぎかな) お気楽な性格

 

 

古賀M:俺達は,夏の休暇を無人島で過ごそうという計画を思い立った。
    別に特別な意味はない。
    ただ単に,『無人島』という言葉に興味を惹かれただけだ。
    先日観た,テレビの特番に影響されていないと言ったら嘘になるが…
    この計画を友人4人に持ち出したら,乗ってくれた。
    問題は無人島探しと,そこへの移動手段だったのだが,
    幸いにして叔父は船舶免許を所有しており,
    近場の無人島を紹介してくれることになった。
    ただ一つ…気になる言葉を残して。
    『稀に神隠しに遭うと言われているから気を付けろ…』

  


◆シーン1
 無人島へ到着する5人が照明inとともに上手より登場。
 漣と海鳥の鳴く声が聞こえている。
 そして,島には何もない。

須藤:うっわ,本当に何にもないんだね。

高木:『THE 自然!』って感じよね。

長嶺:こんなところで1週間も…

加藤:大丈夫だって。その為に準備はしっかりしたろ?

須藤:そうそう。色んな本を読んで知識は溜め込んだし。
   それにホレ,ある程度は持ってきてる。

高木:さっすが! 私はお任せ状態だったりする。

加藤:まぁ…カナらしいっちゃカナらしいか。

高木:悪い?

加藤:いえいえ。何にも悪くはございません。

長嶺:確かに準備はしたんだけど…

古賀:そんなに心配するなって。
   それに,1週間したらまた叔父貴が迎えに来てくれるんだし。

長嶺:でも…叔父さん,妙な事言ってなかった?

高木:ああ,『神隠し』の件について?
   今時,神隠しなんて,私は信じないけど?

須藤:そうだよ。古代じゃあるまいし。

高木:あら? 昔なら在り得たってこと?

須藤:いや…そう言われると…

古賀:それなりに伝承が残っているみたいだが,
   じゃぁそれが実際に起こったかどうかなんて,どうやって証明すんだよ。
   大体,そういうモンは,執筆者の都合のいいように記載されてるもんだぜ?

長嶺:そりゃ…古賀君の言うことも間違ってはいないと思うよ?
   でも,その事象(じしょう)を頭ごなしに否定はできないんじゃないかなって。

古賀:まぁ,否定することはできない。だが肯定することもできない。
   多分,気にしたら負け。

長嶺:負けって…

加藤:そうだぜ?
   んなことイチイチ気にしてたら,どうかしちまう。

高木:私もそんなこと考えるつもりないわね。
   そんなことよりも,今を楽しまなくちゃ!

加藤:うんうん。

長嶺:………。

古賀:どうした? まだ不安か?

長嶺:ちょっとだけ…

須藤:高木も言ってたけど,楽しまなきゃ損だと思うよ?

長嶺:うん…

加藤:本当にナオコは気にしすぎというか,なんというか。
   折角のバカンスなんだしな。

古賀:そういうことだ。長嶺の気持ちも解らなくはないが,今は今だ。
   早速作業に取り掛かるぞ。

加藤:作業?

古賀:お前はアホか。テントとか張らなきゃなんねぇだろ?
   まずはそっからだ。
   拠点を作らないことには始まらねぇ。

加藤:ああ…確かに。

高木:力仕事は男どもにお任せ~。

加藤:え? 手伝ってくんねぇの?

高木:あら…か弱い女子に力仕事を? 何の冗談?

加藤:か弱い? どこが?

高木:なんですって…

須藤:はいはい。痴話喧嘩は他所(よそ)でやって下さい。

加藤・高木:痴話喧嘩じゃない!

古賀:息,ぴったりだぞ?

加藤・高木:そうじゃない!

須藤:本当にぴったりだねぇ。まぁいいさ。作業するよー。

長嶺:私は…

古賀:ああ,長嶺も無理しなくていいから。俺達でやるよ。
   そうだな…直射日光も強いことだし,そこの木陰で休んでるといい。

長嶺:ありがとう。

高木:私には,そういう言葉,掛けてくれないのね。

古賀:そんなつもりはなかったんだけどな。

須藤:まさか,本気で高木に手伝わせるつもりだった?

古賀:まさか。俺は加藤と違って鬼畜じゃないからな。

加藤:鬼畜って…なんだよそれ。

古賀:まんまだろ?

加藤:異議在り!

古賀:却下。

加藤:速攻!?

古賀:当たり前だ。

須藤:ある意味,君達も仲いいよね。

古賀:冗談じゃない。俺にそんな趣味はない。

須藤:解ってるって。

高木:まるでコントね。

須藤:高木に言われたくはないけど。

高木:それってどういう意味よ。

須藤:まんまだよ。さっきの加藤とのやりとり。

高木:あれは!

古賀:不毛だから,その辺にしておけ。
   いつまで経っても作業が開始できねぇだろうが。

須藤:そうだな。

高木:悔しいけど,ここは退いておきましょう。
   さ,ナオちゃん,あっちの木陰に行こっか。

長嶺:ええ。


 女2人は少し離れた所に腰を落ち着ける。
 男3人がテントを張る作業を開始する。
 長嶺はポケットにしまっていた本を取り出し読み耽る。
 高木はその様子を眺めつつも,暫くして飽きたのか、周囲を見渡す。

古賀:ふぅ…こんなもんか。

加藤:意外とあっさり終わるもんだな。

須藤:そもそもテント張るってのは,そんな時間の掛かることじゃないからねぇ。

加藤:なるほど。俺,実は今までキャンプとかの経験なくてさ。

須藤:マジかよ。ガキの頃とかに行かなかったの?

加藤:行ってねぇよ。つか,知ってんだろ?
   うちの両親は,俺がガキん頃に離婚しちまって,今は母子家庭。
   だから,行く機会なかったんだよ。

須藤:あ…ごめん…

加藤:別に気にしてねぇよ。

古賀:母子家庭といっても,他の家族とかとの付き合いで,
   一緒にとかなかったのか?

加藤:ないね。近所付き合い悪いんだ。忙しいからだろうけど。

古賀:そうか。

高木:終わったみたいね。

古賀:ああ。入ってみるか?

高木:そうさせて貰うわ。ナオちゃんもどう?

長嶺:私? うーん,じゃぁ私も覗いてみようかな。

加藤:お二人様,ご案内~。

高木:どこのホストクラブよ。

加藤:え? 無人島ホストクラブ。

高木:なによそれ。それに,あんた達じゃホストは務まらないわよ。

須藤:『達』って…僕も含まれるわけ?

高木:当然でしょ?

須藤:酷いなぁ。

長嶺:ぷ…あはは。

加藤:やっと笑ったか。

長嶺:え?

加藤:ほら,この島に着いてから,一度も笑顔なかったなって。
   だから,ちょっと心配してたんだよ。

長嶺:ありがとう。

古賀:偶(たま)にはまともな働きもするな。

加藤:偶にはってなんだよ,偶にはって。

古賀:言葉通りだ。

加藤:普段,そういう風に思われてたわけね,俺。

須藤:そういうことだね。

加藤:え? ヨウスケ,お前も!?

須藤:ああ。

加藤:なんだかなぁ…

高木:そういうキャラなのよ,あんたは。

加藤:ぐ…っておい!


 加藤の言葉を聞き終えることなく,二人はテントの中へ入る

高木:へぇ…こんな感じなのね。

長嶺:思ったよりも狭いのね。
   ここで1週間,5人が寝ると思うと…ちょっと不安?

高木:大丈夫。ナオちゃんの身の安全は,私が保証します。

長嶺:ええ,お願いね。
   古賀君と須藤君はともかくとして,加藤君はちょっと危険な感じがするから。
   こんな密室状態で襲われるのは避けたいもの。

高木:そうね。寝る位置をちゃんと考えないと。
   あのケダモノ,何をしでかすか分かったもんじゃないわ。

加藤:あのー,お二人さん? 会話,全部聞こえている訳ですが。

長嶺:え? 筒抜けだったの?

古賀:テントは防音とかしっかりしてる訳じゃないからな。
   それにほれ,そこに窓みたいなのあるだろ?
   だから,音はダダ漏れだ。

長嶺:ごめんなさい…

高木:別に謝らなくてもいいのよ。事実を言っただけだもの。

加藤:カナ…てめぇ…


 二人がテントから出てくる。

高木:普段の行動の所為(せい)だと思うけど?

古賀:だな。

須藤:ああ。

加藤:がっくし…

長嶺:私も…ちょっとそう思う…かも?

加藤:ガーン…ナオコまでもが…

古賀:諦めろ。
   植えつけられたイメージを払拭するってのは,存外大変だ。

加藤:うるせぇよ…

須藤:さて,テントも張り終わったことだし,ちょいと島を散策してみない?
   そんな広い島ってわけでもなさそうだし。

長嶺:あ…私もぐるっと周ってみたいな。
   此処に1週間も滞在するわけだし,ちゃんと把握しておきたいから。

須藤:という訳なんだが,どう?

古賀:何故俺に意見を求める。

須藤:一応リーダーだから?

古賀:リーダーねぇ…

高木:私も賛成よ。

加藤:俺も。

古賀:何に対して賛成しているのか,イマイチ計りかねるが,そうするか。


 全員上手へはける。後暗転。

◆シーン2
 5人が照明inとともに下手より登場。
 須藤は片手に図鑑を持っている。
 海岸沿いを歩いている。

長嶺:綺麗な景色ですね。

古賀:そうだな。都会暮らしだと,お目にかかれない。

須藤:ここまでというのは,無人島の醍醐味かもしれないね。

高木:どういうこと?

須藤:つまり,観光客がまず来ないから,汚されてないってこと。

加藤:そうだなぁ…此処は滅多に人が来ないって,
   タケシの叔父さんが言ってたっけ。

古賀:ああ。この島は観光案内には載らないんだとさ。
   ひょっとしたら,叔父貴の言ってた
   『神隠し』と何らかの関係があるかもしれんが,
   そうじゃないだろうな。
   景色がいいってだけで,施設もなにもない。
   そんな処に人は来ないってだけだろ。

長嶺:神隠し…

古賀:あ…すまん。イヤなこと思い出させちまったな。

長嶺:ううん,いいの。

高木:ま,やっぱり施設云々が大きいんじゃないかしら。
   だって,民宿とか何にもないんだもん。
   定期便がある訳でもないしね。

須藤:つか,民宿とかあったら無人島じゃないと思うけど?

高木:それもそっか。

加藤:舌を出しても,可愛くねぇっての。

高木:うっさいわね。

長嶺:うふふ…仲がいいんですね。

高木:そんなんじゃないって。

加藤:そうそう,俺だってなぁ…

須藤:(遮るように)お,あそこの岸壁がんぺき,良い感じだ。

長嶺:岸壁?

須藤:うん。釣りするには絶好のポイントっぽいなって。

長嶺:釣りをするの?

須藤:当然! きっと美味いのが釣れる。

古賀:そういえば,釣具一式持って来てたな。

須藤:まぁね。結構好きなんだよ,釣り。
   それにほら,生活中の蛋白源の確保。

高木:蛋白源って…食べ物なら保存食とかちゃんと持ってきたじゃない。

須藤:保存食じゃ味気ないよ? 新鮮な魚は美味しいし。

高木:それはそうかもしれないけど…
   そもそも,釣れた魚って食べられるものなの?

須藤:あのねぇ…そらそうだよ。よっぽどじゃない限り。

加藤:魚かぁ…そういや最近あんま食ってねぇな。特に新鮮な奴。
   どうしてもスーパーの切り身になっちまう。

長嶺:うちも似たようなものだよ?
   海が近くないと,そうなっちゃうものじゃないかなぁ。

古賀:魚市とかに出かければ別かもだが,そうそう行かないしな。

須藤:そこで釣りって訳だ。満足させてあげるよ。
   仕掛けもちゃんと考えてきてんだ。

長嶺:仕掛け?

須藤:そう。色々あるんだ。ポイントによって変わる。
   ある程度は対応出切るように準備してきたさ。

加藤:へぇ…俺はさっぱり分からねぇや。

古賀:俺もだ。

須藤:興味なかったら,そんなもんじゃないかね。
   そういや,仕掛けといったら面白い釣り用語ある。

高木:面白い?

須藤:ああ。『天秤』ってんだよ。

高木:天秤って…あの天秤? 秤(はかり)の。
   なんか釣りとはかなり無縁な気がするけど…

須藤:その天秤で正解。
   キスやカレイ等の底生魚(ていせいぎょ)を狙うときにの仕掛けに使う部品の一つ。
   仕掛けが絡むのを防いで,またアタリを伝えやすくする役目もある。

長嶺:そうなんだ。でも何で天秤って言うの?

須藤:う…そこまでは…

加藤:釣りマニアらしからぬ。

須藤:そう言うなって。釣りは好きだが,マニアって程じゃないんだし。

古賀:まぁ,マニアだろうがそうじゃなかろうが,一応鮮魚を期待しとく。
   久しぶりに美味い魚食いたくなってきた。

加藤:俺も一応期待しとくな。

須藤:『一応』ってのが引っ掛かるけど,まぁ任せといて。ばっちし釣ってやる。

高木:さ,先に進みましょ。まだ島を一周してないわ。

長嶺:そうですね。やっと全体の3分の1くらい?
   思ったよりも広い感じがするかな。
   船で来たときは,凄く小さいイメージだったけど,
   上陸して歩き回ると意外にあるって思ったかな。


 5人は上手へはける。暗転するかどうかは任意。
 そのまま下手より登場。

高木:うわー! 綺麗な砂浜!

加藤:すげぇ泳ぎたくなってきた!

古賀:海パン持ってきたのか?

加藤:当然!

長嶺:でも,此処にはシャワーないよ?
   海から上がって洗い流せないから,身体がベトベトしそうだけど…

高木:近寄らないでね。

加藤:ちょ!

古賀:そんな状態だったとしたら,同じテントで寝るのはなしだな。
   一人でその辺で転がっててくれ。

須藤:ベトベトがテントにうつると,何かと面倒だし。
   そうなるのが自然なんじゃないかな?

加藤:海に入るのは自重します…

古賀:賢明な判断だ。

長嶺:海には入れなくても,ほら,潮干狩りとかはできるかもしれないね。
   貝とかも美味しそう。どんな貝が採れるか判らないけど。

須藤:潮干狩りねぇ…

長嶺:何か問題でもあるの?

須藤:貝といっても,いろんな種類があるんだ。
   中には,毒針を持ってる奴がいて,そいつに刺されると,
   人間でも死んでしまうこともある。

長嶺:え…

須藤:結構有名だと思ったんだけどな。

古賀:それも詰め込んだ知識の賜物か?

須藤:いや,そうじゃないよ。元々アウトドアっつーかサバイバルに興味あって。
   ちょいとそういったことを調べた事があるんだ。

長嶺:なら潮干狩りは諦めた方がいいかなぁ…

須藤:大丈夫。さっき言った貝ってのは,イモガイ類のアンボイナ貝って奴なんだけど,
   基本水中に居るし,ホレ,こんな形してる。


 須藤が手にしている図鑑を長嶺に見せる。

長嶺:へぇ…見た目は普通の貝だね。
   うっかり触ったら…毒針でずぶっと?

須藤:向こうさんから積極的に攻撃してくることはないんだけど,
   迂闊に手にしたりすると…だな。
   こういうのをちゃんと見ながらなら問題ないよ。

長嶺:そっか。じゃぁ,そのうち潮干狩りもしたいな。

高木:道具ってあったっけ? まさか素手?

須藤:あー確かに持ってきてないっか…熊手とか忘れちまった。

高木:素手で砂浜を掘るのはちょっとなー。
   まして砂のお城を作る歳でもないしね。

加藤:精神年齢的にはアリなんじゃね?

高木:失礼ね!

加藤:カナの抗議はスルーして,次行こうぜ次。


 加藤,一人上手へはける。

高木:ちょっと! 待ちなさいよ!

須藤:行っちまったな。

古賀:俺達も行くか。

長嶺:そうですね。


 4人上手へはける。暗転するかどうかは任意。

◆シーン3
 5人が最初のテントを張った処に下手より登場。

古賀:思ったより時間かかったな。

高木:そうね。周囲4キロくらい?
   普通に歩いたとしたら,そんなに時間掛かるって程じゃないけど,
   途中で寄り道やら雑談したしね。

加藤:主にヨウスケがくっちゃべってただけだが。

須藤:まずかった?

長嶺:そんなことないよ? 博学だなーって思ったもん。

須藤:そう? ありがとう。

古賀:さて,じゃぁそろそろ準備するか。

加藤:準備?

古賀:晩飯の。その為に即席の竈(かまど)を作らないとな。
   そうしないと,米を炊く事もできん。

高木:飯盒(はんごう)は持ってきてたんだっけ。

古賀:ああ。飯盒で米食ったことあるか? 結構美味いんだぜ?

長嶺:私はないかな。ちょっと楽しみ。

加藤:それにしても,どうやって竈なんざ作るんだよ。
   俺,作り方知らないんだが。

須藤:主に3つある。
   地面を掘って,その土で火床囲むように土手を作る方法。
   大きな石をコの字形に火床を囲むように作る方法。
   太い木を背中に,石や木で囲むように作る方法。
   まぁ,何(いず)れの方法にしても,如何に風の通り道を作るかがポイント。

高木:で,どの方法にするの?
   この島に石はあったと思うけど…地面を掘るのが楽なのかしら。

須藤:石があるから,石製にしよう。
   頑丈だし,耐久性もあると思うから。
   石ならすぐそこの海岸にごろごろあるってのもある。
   ちょい運ぶのに手間取るかもしれないけど。

長嶺:また力仕事かぁ。手伝えるかなぁ。

古賀:二人はのんびりしてたらいいさ。

加藤:そうだな。流石に石運びは,テント張るより重労働だし。

高木:じゃぁお言葉に甘えて。

長嶺:あ,でも運んできてもらった石を積み上げる事くらいなら出来るかな。

須藤:そうだね。そんなに重たい石は持ってこないつもりだし,
   それくらいはお願いしてもいいかも。
   最後の微調整は僕がするから。
   あと,運んできた石は,この挿絵みたいに宜しく。

高木:了解。


 男3人は上手へはける。
 女2人は石が運ばれてくるまで,思い思いの事をしている。
 暫くして古賀と加藤が石を運んでくる。

加藤:ほれ,石持ってきたぜー。

高木:あら,そんなに大きくないのね。

古賀:これなら,二人で組み立て出来そうだろうって須藤が言ってた。

高木:そうね。

長嶺:この挿絵を参考にね。やってみる。
   そういえば須藤君は?

古賀:あいつなら石の選別してる。

加藤:んじゃ,また行ってくらぁ。

高木:行ってらっしゃい。こっちはこっちでやっとくわね。

加藤:頼んだぜー。


 再び古賀・加藤は上手へはける。
 高木・長嶺は石を組み上げはじめる。
 次々に石が運ばれてきて,最終的に竈が完成する。
 最後に須藤が上手より現れる。

須藤:お? 結構ちゃんと組んでるな。

高木:中々のもんでしょ。


 須藤,竈の微調整をしながら。

須藤:ああ,上出来。………よし,これで完了だ。

加藤:じゃぁ,火を点けるとするか。

古賀:しまった…

高木:どうしたの?

古賀:固形燃料忘れてた…

高木:え…

古賀:着火剤とかはあるんだけど…しくったな。

須藤:なら,この島にある乾いた木を拾ってくればOK。
   新聞紙とかはある?

古賀:ああ,それなら幾らか。

須藤:じゃ,薪を探してくるか。

加藤:なら,俺が探してきてやるよ。乾いてりゃいいんだろ?

須藤:うん。そうじゃないと,ちゃんと燃えないからね。

長嶺:なんだかんだで,須藤君が仕切ってるね。

須藤:そう?

長嶺:うん。リーダー変更?

須藤:あはは,それは勘弁。こういう事は得意でも,リーダーって柄じゃない。

加藤:だそうだ。という訳で,木を拾ってきて良いか? リーダー。

古賀:だからリーダーじゃねぇって。
   確かにこの計画の言いだしっぺは俺だけどな。
   でもまぁ…頼んだ。

加藤:了解。んじゃ行ってくる。

長嶺:一人で大丈夫?

加藤:まだ明るいし,そんなに量も時間もかからんだろうから,大丈夫さ。

長嶺:そっか。

加藤:じゃーなー!


 加藤下手へはける。
 須藤はなんだかんだで,竈を弄っている。
 他3人は他愛もない話をして,加藤が帰ってくるのを待つ。
 暫く時間が経過して。

長嶺:ねぇ…加藤君,ちょっと帰りが遅くない?

古賀:言われてみるとそうだな。そんなに時間掛かるもんか?

須藤:いや…そうでもないと思うけど。

高木:迷ったとか?

古賀:流石にそれはないだろう。こんな小さな島で,どうやって迷うんだよ。

高木:それもそうか…

古賀:でも気にはなるな。

須藤:どうする? 捜す?

長嶺:捜すなら,全員が纏まって行動した方がいいかも。
   バラバラに捜したとしても,誰が見つけたか判らないし,
   それだと此処に戻ってくるタイミングも判らないから。

高木:そうね。じゃぁ皆で捜そっか。

古賀:いや,ここは大人しく待っていよう。
   入れ違いになったりしても面倒だしな。


 暗転。

◆シーン4
 加藤が薪を持って照明inとともに下手より登場。
 最初のテントを張った処(4人が居た処)だが,誰もいない。

加藤:おーい,戻ってきたぞー!

(間)

加藤:誰も居ないのか? もしかして俺を探しに行ってすれ違いとか?
   そんなに心配しなくてもいいのに。


 漣が聞こえる。

加藤:なんか静かだな…ちょっと気味が悪いかも…
   とはいえ,することもねぇしな。
   皆が帰ってくるまでに火を起こしておくか。
   ちったぁ感謝されるかもしれねぇし。
   確か,着火剤はあるって言ってたよな。荷物漁ってみるか。


 加藤,着火剤を見つける。

加藤:うし,これだな。で,木に撒いてと…ライターで着火!
   おー燃える燃える。後は消えないように定期的に焼(く)べないと。


 パチパチと木が燃える音だけが聞こえる。

加藤:それにしても,皆遅せぇなぁ…
   かといって,火を起こしちまった以上,此処を離れる訳にもいかねぇし。
   素直に待つとするか。

(間)

加藤:暇だな…暇潰し,何か持ってこれば良かった。


 暗転。加藤はける。
 同場所。4人が居る。

高木:遅いわねぇ…

長嶺:神隠し…

高木:え?

長嶺:神隠しに遭ったんじゃ…

高木:まさか。

須藤:きっと,目一杯木を集めてるだけだろうし,そのうち戻ってくるよ。
   あいつは,妙な所で張り切るところあるし。

古賀:ああ,そうだな。

須藤:どうする? こっちでも木を集めて,火を起こしておくか?

古賀:それでもいいが,そんなことしたら加藤が拗ねそうだ。
   大人しく待つことにしよう。

長嶺:待っている間,暇を持て余しそう…

須藤:何かする?

高木:しりとりとか?

須藤:いや…それはちょっと…

高木:え? 苦手なの?

須藤:そういう訳じゃないけど,あまりに非生産的過ぎる。

高木:じゃあ代案とかある?

須藤:うーん…

古賀:それなら,須藤には釣りにでも行ってきて貰おうか。

須藤:え?

古賀:さっき熱心に釣りの話してたじゃねぇか。
   俺達は此処で待ってるから,思う存分楽しんできてくれ。
   それに,食材が増えるのは好ましい事だ。

高木:あ,それいいかも。

古賀:構わないか?

須藤:ああ。んじゃ,いっちょ大物釣ってきてあげるよ。

古賀:頼んだ。

須藤:行ってきまーす。

高木:行ってらっしゃーい。


 須藤,釣り道具を持って上手へはける。

高木:大物,釣れるといいわね。

古賀:あまり期待しない方がいい。
   俺は釣りに詳しくはないんだが,早々大物が釣れるものでもないだろうしな。

高木:でもさ,缶詰とかよりは魅力的よね。

古賀:それは否定しない。

高木:そういえば,私,魚捌けないんだけど…

古賀:それは多分,須藤ができるだろ。確証はないが。

高木:そうね。焼き魚でもいいんだけどね。

古賀:どっちでもいいのかよ。

高木:どっちも好きだからいいのよ。

古賀:へいへい。

長嶺:あの…

古賀:どうした?

長嶺:須藤君も帰ってこないとか…そんな事にならないかなって…
   加藤君だって未だに戻ってこないし…

高木:ナオちゃんは本当に心配性ね。
   大丈夫よ。そのうちひょっこり戻ってくるって。

長嶺:そうかもしれないけど…

古賀:そんなに不安か? んー,神隠しといって俺が知ってるのは,
   人間がある日忽然(こつぜん)と消えうせる現象。
   神域である山や森で,人が行方不明になったり,
   街や里から,なんの前触れも無く失踪することを,
   神の仕業として捉えた概念ってとこか。
   古来用いられていたけど,
   現代でも唐突な失踪のことをこの名称で呼ぶことがあるみたいだな。
   後は天狗隠しとも言うらしい。

高木:そうねぇ…私もそれ位の事しか知らない。

長嶺:縄文時代以前から,日本の神や霊魂の存在が信じられてた。
   神奈備(かむなび)、神籬(ひもろぎ)や磐座(いわくら),磐境(いわさか)は,
   神域と現世の端境(はざかい)と考えられてて,禍福をもたらす神霊が,
   簡単に行き来できないように,
   結界としての注連縄(しめなわ)が張られたり禁足地になっていたんだって。

高木:へぇ…

長嶺:でね。神隠しの『神』って,神奈備(かむなび),神籬(ひもろぎ),磐座(いわくら)などに鎮座する
   抽象的ないわゆる古神道の神だけじゃなくて,
   天狗に代表される民間信仰としての山の神や山姥(やまんば)・鬼・狐などの
   山や原野(げんや)に係わる妖怪の類(たぐい)などもあるんだって。
   子供が遭ってしまう伝承も多いことから,
   子供を亡くした雨女という妖怪の仕業であるとも伝えられるとか。
   神隠しの伝承のある場所としては,
   青森県の天狗岳や岐阜県の天狗山などがあって,
   日本各地の『天狗』と名づけられた山に伝承されることも多いの。
   それに,千葉県市川市八幡(やわた)の「八幡の藪(やぶ)知らず」は,
   神隠しの伝承が強く残ってて,現在も禁足地となっているんだって。

古賀:詳しいんだな。

長嶺:うん…そういった類の本を読むのが好きだから。

古賀:だからこそ,叔父貴が言っていた『神隠し』に異常に反応したって訳か。

長嶺:うん…

古賀:ただ,あくまで伝承だろ?
   島に来た時にも言ったけど,肯定も否定もできない。
   気にしたら負けさ。

長嶺:そう…だよね。

高木:寧ろ,神隠しに遭ってみたいかも。

長嶺:え?

高木:そういう不思議体験ってしてみたくない?

古賀:気持ちは解るが,現実に起こったら戻ってこられない可能性高いんだろ?
   俺はちょっと厭だな…


 須藤,上手より。

須藤:ただいま。

長嶺:おかえりなさい。

須藤:坊主だったよ。

高木:坊主?

須藤:釣れなかったってこと。

古賀:そんな長い時間居座っていた訳じゃないし,仕方ないだろ。

須藤:まぁな。にしても,まだ加藤は帰ってきてねぇのか?

古賀:ああ…

須藤:ここまでくると,流石にちょっと心配になるなぁ。
   どうする? 捜しに行く?

古賀:難しいところだな。行き違いとか困るし…

高木:なら,私が一人で行ってくるわ。

古賀:え?

長嶺:大丈夫? 一人は心配なんだけど…

高木:大丈夫よ。だって須藤君はちゃんと戻ってきた訳だし。
   なら,私だって…ね。
   ある程度捜して,見つからなかったらちゃんと帰ってくるわ。
   そうねぇ…時間にして30分位かしら。
   それでいい?

古賀:そうだな。こっちを空っぽにするのもアレだし,
   一人で,しかも女の子をとなると若干不安ではあるが,
   島を廻った時,これといって危険な動物は居なさそうだったからな。
   それにまだ日は高い。問題ないだろう。

須藤:古賀がそう言うなら反対はしない。時間厳守してくれるんならだけど。

長嶺:私も一緒に行こうか?

高木:心配性ね。問題ないって。

長嶺:そう…

高木:それに,貴女は此処に居た方がいいんじゃない?

長嶺:え?

高木:多くは言わないわよん。じゃ,行ってきまーす!

長嶺:………。


 高木,下手へはける。暗転。

◆シーン5
 テントを張ってある場所で加藤が火を見つめている。
 そこへ高木が下手より登場。

高木:居なかったから,戻って来たわよーって…あれ?

加藤:お?

高木:あれ? 皆は?

加藤:居ない。俺だけ。ぼっち。

高木:変ねぇ…すれ違いにならないように,3人は此処に留まって貰って,
   私一人が貴方捜しにうろついてたんだけど。
   で,見つからなかったから戻って来たところ。

加藤:どういう事だ?
   俺は暫く前からずっと此処に居るぞ?
   あまりに暇だから,ほれ,火を起こしておいた。

高木:本当だ。私が出かけたときは,竈に火が入ってなかった筈。
   というか,暫く前から此処にって…

加藤:もう1時間くらいなんじゃないかな。

高木:そんなまさか!
   私は30分という時間を区切って,貴方を捜しに出かけたのよ?
   それで戻って来た訳。1時間前から此処に居るって…

加藤:なんじゃそら。

高木:訳が解らないわね…

(間)

高木:それにしても,随分集めたのね。

加藤:まぁな。張り切っちゃうタイプだし。

高木:そういえばそんなこと,古賀君言ってたわね。

加藤:あいつの観察力は凄いからな。
   お前の事も,かなり見抜かれてるんじゃねぇのか?

高木:そう…かもしれないわね。ちょっと怖いなぁ。

加藤:おんやぁ? 隠さなきゃならない事があるのか?

高木:べ…別にそういう訳じゃ!

加藤:へいへい。

高木:でも,これだけあるなら別途集めなくて正解だったわね。

加藤:というと?

高木:あまりに帰りが遅いから,私達で集めて火を起こそうかって話も
   持ち上がったりしたのよ?

加藤:おいおいおいおい。俺の苦労はどうなるんだよ!

高木:心配しないで。こっちで集めてはいないから。
   火だって起こしてないわ。

加藤:一安心。俺の苦労は報われている訳か。

高木:そういう事。

(間)

加藤:なぁ…

高木:何?

加藤:前々から言おうと思っていたんだけど…

高木:何よ。歯切れが悪いわねぇ。

加藤:実はさ…俺…お前の事…

高木:知ってたわ。

加藤:え?

高木:気付いていたって言ってんの。

加藤:そうだったんだ…で,カナは俺のこと,どう思ってる?

高木:そうねぇ…応えないと駄目?

加藤:なんだよ,意地悪いな。

高木:ふふ…ま,嫌いじゃないわよ。
   強いて言うなら,友達以上恋人未満かしら?

加藤:!

高木:満足した?

加藤:あ…ああ。じゃぁ,今此処で! 身体を温めあおう!

高木:はぁ!? 何考えてんのよ!
   此処は雪山でもないし,第一私はまだ貴方のこと…
   まぁ…婉曲(えんきょく)的表現したつもりかもしれないけど,だからって…
   それに,他の皆が戻ってきたらどうするのよ。
   私は厭よ? 皆の前で全裸とか。

加藤:全裸じゃなくても,できる!

高木:ちょっと…目を血走らないでくれる?
   全く…男ってどいつもこいつもこうなのかしら…

加藤:ちぇ…まぁいいや。この無人島ライフが終わったらゆっくり…と。

高木:私の承諾なしに?

加藤:いや…流石にそれはやっぱマズいか。

高木:さっきは強引だったくせに。
   大体,好きでもない人とするつもりはないわ。

加藤:俺のこと…嫌いなのか?

高木:さっきも言ったでしょ? 友達以上恋人未満。
   ま,これから次第ってところかしら?

加藤:そっか…でもまだ可能性はあるんだな。

高木:ない訳じゃないわね。

加藤:そっか…努力する。その…さっきは悪かったよ。
   とりあえず,他の皆を待とうか。

高木:ええ,そうね。

(間)

高木:遅いわね…どう考えても変よ。

加藤:だな。何かが起こっているのは間違いなさそうだ。
   とはいえ,それが何なのかはさっぱりだ。

高木:神隠し…かなぁ。

加藤:おいおい,そんなの信じてんのかよ。

高木:いえね,ナオちゃんが色々話してくれて。
   伝承ではあるけど,もしかしたらなって。
   ほら,言うじゃない。火のないところに煙は立たぬって。

加藤:そりゃそうだけどよ。
   でも,あれは単に行方不明者に対する適当な口実なんじゃねぇの?

高木:そうかもしれないけどさ。

加藤:まぁ…この状況から,その可能性を考えたくなる気持ち,
   解らんわけでもねぇけどな。
   どうする? 捜すか? っつってもな。火を起こしちまったし…
   単独行動ってのもなぁ。

高木:行き違いになる可能性があるから,私が捜してもいいけど。
   といっても,古賀君達と話し合って,私が単独で捜した結果が現状。
   あまり得策とは思えないわね。

加藤:そっか。待つ方が良さそうだな。

高木:ええ。

加藤:じゃぁ…それまでの間!


 加藤,高木に被り寄る。

高木:しつこい!


 暗転。加藤・高木はける。
 同場所。古賀・須藤・長嶺が居る。
 竈に火は入っていない。

長嶺:時間とっくに過ぎてるのに戻ってこない…

古賀:おかしいな。あいつは時間にルーズな奴ではなかった筈だが。

須藤:時計が狂ったとか? まぁ僕の時計は正常みたいだけど。

古賀:時計ねぇ。

須藤:なんか気になる事でもあるの?

古賀:いや,なんつーか時計が狂うことってあるんかなって思ってな。
   例えば樹海とかだと方位磁石が狂うとかあるらしいんだが。

長嶺:磁場の影響…だっけ?

古賀:らしい。俺も詳しくは知らないが。
   とはいえ時計が狂うという事象は聞いた事がない。
   そらまぁ電池が切れるとか,日々ちょっとずつ狂っているとか
   そういうのがあるってのは知っているんだが,
   いきなり長時間おかしくなる事ってのはなぁ。

長嶺:カナちゃんが持っている時計は,確か電波ソーラー。
   毎日誤差修正をしてる筈だし,電池が切れるとは思えない。
   だから,時計が狂うというのは考えられない…

須藤:んじゃ,なんで戻ってこないんだろうね。

長嶺:やっぱり神隠しなんじゃ…

須藤:まっさかー。

古賀:お前が居ない時に,神隠しの伝承について,長嶺から聞いた。
   といっても,だからって信じているって訳じゃないんだが,
   2人も消えるとなると,少し…な。

須藤:らしくないなぁ。第一,僕がさっき釣りに行った時は,
   ちゃんと戻ってこられたよね。

長嶺:そう…そこが疑問。
   今まで戻ってこられなくなっている2人は単独行動をしてるの。
   でも,同じ単独行動でも須藤君は戻ってこられた。
   この違いって一体どこにあるのかな。

古賀:仮に神隠しが起こるとして,その場合はその目に遭うポイント
   というものがあるのかもしれない。
   つまり,そこに踏み込まない限り大丈夫ってことだ。

須藤:なるほど。にしても,どうする? このまま待ってるのもつまらない。
   この場所を空けることになるんだが,火は起こしてないし,
   折角なら潮干狩りとかしない?

長嶺:え? なにを暢気(のんき)な。状況解ってるの?

須藤:ああ。解ってるつもり。
   でも,ただ単に待ちぼうけしていても仕方ないじゃないか。
   食材が得られるかもしれない訳だし。
   それに,この異常な事態,冷静さを保つ為にも
   気を紛らわす何かが必要なんじゃない?

古賀:そうだな。須藤の言うことに賛成する。
   もしかすると入れ違いになっちまうかもしれないが,
   それはそれ。書置きでもしておけば大丈夫だろう。

長嶺:だったら,加藤君が帰ってこなかった時は,どうしてそうしなかったの?
   あの時と,状況がそこまで変わっているとは思わないんだけど。

古賀:いや,違うさ。あの時は加藤だけが居なかった。
   だが今は加藤だけじゃなく高木もだ。
   明らかに異質な状況ではあるものの,二人が合流している可能性もある。
   それに須藤の言った通りだ。冷静さを保つ必要がある。
   その為ならば手段は厭(いと)わんさ。
   ここで俺達がパニックになってみろ。取り返しのつかないことになる。

長嶺:………貴方がそう言うなら反対しないけど…。

須藤:じゃぁ決定だね。書置きをして…


 須藤は適当な紙に,潮干狩りに行っている旨を記す。

須藤:行こうか。

古賀:ああ。

須藤:場所はどうする?

長嶺:それなら,最初に島をぐるっと周った時に見つけた砂浜がいいかも。
   あそこなら此処からそんなに離れてなかった筈だし。

古賀:ああ,あそこか。そうしよう。


 3人は上手にはける。暗転。
 間。
 3人が照明inとともに上手より登場。

須藤:結局採れず終(じま)いか。

古賀:そういう事だってある。そこまで期待していた訳じゃない。

長嶺:ねぇ…もう着いたんだけど。

古賀:本当だな。

長嶺:砂浜に行くときも感じたんだけど,最初に島を周った時に比べると
   何故か近いように感じたの。
   そして帰ってくる時に至っては,もっと近くに…
   どういうことなんだろう。

古賀:既知の道を行くってのは,体感で短く感じることもある。
   例えば,知らない場所に行くとき,行きより帰りの方が,
   距離的時間的に短く感じる事があるだろ?

長嶺:確かにそういったのは経験した事あるし,解ってるつもり。
   でも,今回はそれに収まらない感じがするの。
   明らかに距離が縮まってる。それも帰りの方が。

須藤:『帰りの方が』なら不自然さはないと思うけど?

長嶺:でも行きの時も感じたもの。

須藤:そりゃ,一回周ってるからなんじゃないの?

長嶺:そんなレベルじゃなかった。明らかにこの島全体が小さくなってるの。
   勿論,物理的に考えるとありえない事象であるのは承知してる。
   でもね,そう考えないと納得できないの。

古賀:そりゃまぁ波が浸食してってのは自然現象としてある話だが,
   スパンの問題で却下だな。
   しっかし,そんなに島が小さくなってるんか?
   どうにも信じ難(がた)い。おい須藤はどう感じた?

須藤:そうだな。僕はそんなに小さくなった印象ないんだけど。
   あーでも言われてみると,若干?
   んー,感覚的な問題を加味すると判断がつかないといったところ。

古賀:情報の増えない発言どうも。さてどうするか…

長嶺:もう怖くて動きたくない…

(間)

須藤:分かった。俺がちょいと島を調査してやるよ。

長嶺:え?

須藤:不確定な状況が厭ってんだろ? なら確かめたらいいと思う。
   だが,長嶺を独り残してって訳にもいかない。
   だから俺独りで島を調べてみる。

古賀:いいのか? そりゃ情報が増えるのは嬉しいんだが…

須藤:まぁな。それに…


 須藤,ちらりと長嶺を見る。

古賀:?

須藤:なんでもねぇよ。お前さんは冷静に分析できる割に鈍いなと。

古賀:は?

須藤:(溜息)とりあえず行ってくる。

長嶺:でも…須藤君も神隠しに遭うかもしれないし,
   大人しく待っていた方がいいんじゃないかな…

須藤:大丈夫。
   今までも何回か,僕は単独行動しているけど,
   こうして二人の前に居る。問題ないって。

長嶺:気をつけてね。

須藤:ありがとさん。

古賀:俺達は此処で待ってるから。

須藤:ほいさ。適当に探したら戻ってくるから。

古賀:ん,了解。

須藤:んじゃな。


 須藤,下手へはける。
 長嶺が心配そうに古賀の方を見つめる。

古賀:安心しろって。

長嶺:うん…


 暗転。

◆シーン6
 テントを張ってある場所に加藤と高木が居る。
 そこへ須藤が下手より登場。
 竈に火は入っている。
 再び加藤が高木に迫ろうとしている。

須藤:お邪魔だったかな?

加藤・高木:!?

須藤:まぁ…別に続きをしてもらっても構わないけど。

高木:いやいやいやいや,続きとかないから,ね?

加藤:………。

高木:何黙ってんのよ!

加藤:別に。

高木:なによ,それ…

須藤:それはそうと,竈に火が入ってるんだね。

加藤:ああ。俺が起こしておいた。マズかったか?

須藤:いや,特に問題はないけど? それにしても…古賀と長嶺は?
   寧ろ,いつ戻って来てたんだい?

高木:戻って来たというか,私達が待っていた方なんだけど?

須藤:え?

加藤:もっと言えば,俺がかなり長い時間待ち惚(ぼう)けをしてるっていうな。
   ったく,勘弁してくれよ。どれだけ待ったと思ってるんだ?

須藤:ちょっと待った。どういう意味?
   こっちはこっちで,かなり二人のこと待ったんだけど。
   加藤が消えてからだと,相当な時間。

加藤:俺も同じくらい待ってる。しかも,最初はぼっちだったし。

高木:私も合計したら同じかなぁ。
   最初に加藤君が消えて,
   須藤君も併せてナオちゃんや古賀君と待ったでしょ?
   で,私が捜しに行って戻ったら加藤君が居る。けど,3人が居ない。
   漸(ようや)く須藤君と合流したって感じ。

加藤:訳解んねぇよ。

須藤:ちょっと整理してみようか。どうやら,時間的なズレがありそう。

加藤:なんじゃそら。時間的ズレ?

須藤:そう。じゃないとおかしくない?
   それぞれがかなりの時間待っている。
   でも,お互いの主観時間に狂いが生じていて,
   尚且つ実際に顔を付き合わすのに時間が掛かっている。
   となると,狂っているのは時間って考えるのが普通じゃないかと。

高木:なにそれ…そんなこと,在り得るの? イマイチ理解できないなぁ。
   普通に,すれ違いが起きたでいいんじゃない?
   そこまで考えても仕方ないというか。

加藤:同感。取りあえず,残り2人が戻ってくるのを待つしかねぇって。
   さっさと飯が食いたい気になってきた。
   ほら,日がだいぶ傾いてきてるし。

高木:そうよね。そろそろ準備始める? せめて飯盒(はんごう)だけでも。

須藤:まぁ…僕はどっちゃでもいいけど。整理しようがしまいが。

加藤:なんだよそれ。自分から言い出して。

須藤:いやね…一応整理してみようかと思っただけ。
   僕は古賀と違ってそこまで頭良くないし,
   現状をそのまま受け入れるタイプだから。

加藤:そういや,そういう奴だっけか。んじゃ,始めるとすっか。
   でも,ぶっちゃけやり方知らないっていうな。
   ヨウスケ,指示頼む。

須藤:はいはい。基本的には,そこにある本に載ってるけど,
   まぁ一応指示は出すよ。


 ※ここで3人が飯盒炊飯をする。
  その場面について台詞等を入れるのは任意。
  入れないのであれば,一旦暗転後明転。竈に飯盒セット済み。

須藤:後は待つだけ。

高木:意外に簡単なのね。これなら次からは一人で出来るかも。

加藤:そうだな。でも,記憶力ねぇから俺には無理臭いが。

高木:どうせくだらない事にばっか使ってるからでしょ?

加藤:んだと…

高木:女の子チェックとかね。

加藤:違げぇよ! ちゃんと普通に暮らしてる!
   それに,ほら,スポーツとかあるだろ!

高木:そういう事にしておいてあげましょうか。

加藤:おい,ちょっと待てよ!

須藤:本当に仲がいいね,君達。

加藤・高木:違う!

須藤:はいはい。あ,そういえば…

加藤:何だよ。

須藤:戻ってくる時は,距離に違和感なかったなぁ。

加藤:どういう意味だ?

須藤:うん,君達を待っている時に,潮干狩りに行ったんだよ。

高木:楽しそうな事してたのね。いいなぁ…私も参加したかった。

加藤:俺も。

須藤:まぁ,結局何にも採れなかったんだけどね。
   それは置いておくとして,此処に戻って来たとき,
   長嶺が妙な事を言い出したんだ。

高木:ナオちゃんが妙な事? というと?

須藤:いやね,簡潔に言うと,潮干狩りの行きと帰りで,
   距離感が違ってるって言ってた。

加藤:距離感?

須藤:僕は特に感じなかったし,古賀もそこまで違和感なかったらしいんだが。
   ほら,行きより帰りの方が,そもそも時間的に短く感じるだろって
   古賀も言ってたってのもあったし。

高木:それがどう関係してるの?

須藤:もし,『距離』に異常が在るのであれば,
   此処に戻ってくる時にはっきり感じるのかなと思ったんだ。
   けど,それはなかった。
   つまり,長嶺のそれは杞憂だったって事かなと。

加藤:ふーん,俺はこの島に来てから一度もそう感じた事ねぇけど。

高木:私もそうねぇ。

加藤:大体,時間がどーとかってのも起こり得ない事だろうし,
   距離だって同じことだろうよ。現実離れしすぎ。

高木:尤もね。あの子は心配性だから。
   ちょっとした事に過敏に反応してるのかも。
   大袈裟かなって思う事あるくらいだもん。

須藤:そうかもしれないね。『神隠し』なんてものを信じてるみたいだし。
   そこまで心配することもないだろうに。

加藤:全くだぜ。

須藤:とりあえず,炊けるまでに戻ってくる事に期待しつつ,
   待っている事にしようか。

高木:そうね。


 暗転。須藤・加藤・高木はける。
 同場所。古賀・長嶺が居る。
 竈に火は入っていない。飯盒もセットされていない。

長嶺:ねぇ…

古賀:ん?

長嶺:遅くない?

古賀:須藤の事か? 確かに遅いな…

長嶺:これまでにも何回か独りで行動してるんだし,
   迷うとかっていうのはないと思うのに…

古賀:そう…だな…

長嶺:やっぱり怖い…

古賀:長嶺…

(間)

古賀:長…嶺?

長嶺:これは…もう! 神隠しに違いないのよ!

古賀:! おい! 落ち着け!

長嶺:でも!

古賀:いいから落ち着け。落ち着くんだ!

長嶺:………離れないでいてくれる?

古賀:え?

長嶺:一緒に居てくれるなら…落ち着ける気がするから。

古賀:………。

長嶺:私…私は貴方の事…

古賀:………気付いてた。

長嶺:え…

古賀:気付いてないフリをしていたんだ…すまん。

長嶺:私じゃ…駄目なの?

古賀:そういう訳じゃないんだ。

長嶺:なら,どうして…
   嫌い…とか?

古賀:そんなことはない。俺は大人しい子が好きだし…

長嶺:だったらどうして…

古賀:人間ってさ…

長嶺:?

古賀:根源的に贔屓(ひいき)する生き物だと思ってる。

長嶺:どういう…

古賀:だって,そうだろ?
   現代社会,少なくとも日本では,一夫一婦制ではあるけれど,
   もっと昔だって,女性は強い男性を求めていた。
   遺伝的な何かが突き動かしているのかもしれない。
   まぁ,根拠は良く解らねぇけど。
   だから,長嶺が俺に対してそう思ってくれる事は,嬉しいさ。

長嶺:でも…古賀君は違うのね…

古賀:………。

長嶺:さっきの理屈だけど…,それは男の人にだって当てはまると思うの。

古賀:そうだな。だから俺はさっき『人間は』という言い方をした。

長嶺:うん…もしかして,古賀君って,他に好きな人が居るの?

古賀:居ない。

長嶺:そうなの?

古賀:ああ。人は贔屓をしてしまう。
   だからこそ,俺は皆に平等に接したいと思って,
   そうできるように行動しているつもりだ。性別問わずな。

長嶺:でも,それって矛盾してない?
   此処に誘ったのって,古賀君の知り合い全員って訳じゃないでしょ?
   もし『平等に』を貫くのであれば,そうじゃないとおかしい事になるわ。

古賀:そうだな。指摘されたとおりだ。
   ただ,誘っても来ない可能性が高い人には声を掛けなかった…
   それだけだ。

長嶺:じゃぁ,どうして私を?
   私は目立ってないし,大人しいし,人付き合い悪いし…

古賀:………さぁ…どうしてだろうな。

長嶺:カナちゃんを誘いたかったから?

古賀:んー,まぁ加藤や須藤と一緒ならついてくるだろうし,
   居たら居たで賑やかだろうからな。

長嶺:そっか…やっぱり『ついで』か…

古賀:違うかもしれないな。

長嶺:え…


 長嶺は古賀の方を見やるが,古賀は空を眺めている。
 そのまま暫く時間が経過する。
 ふと古賀が海岸のほうへ目を向ける。


古賀:おい…長嶺!

長嶺:何?

古賀:あそこを見てみろ!

長嶺:海岸線が…見える!?

古賀:そうだ。少なくとも最初に此処にテント張った時には見えなかった。
   やっぱりお前の言っていた事は正しかったんだよ!
   明らかに島は小さくなってる!

長嶺:やっぱり! 私の感覚は間違ってなかった!
   でも…これってどういう…どうすれば…


 長嶺,動揺して古賀の袖をぎゅっと掴む。

古賀:落ち着け! 事象を整理するんだ。
   この島に来てからの異変を順番に考えていこう。

長嶺:え…ええ…

古賀:少しは動揺が収まったか?

長嶺:うん…なんとか。

古賀:最初の異変は…

長嶺:加藤君が消えた事。その後須藤君が独りで釣りに行ってる。
   でも,須藤君はちゃんと戻ってきてる…

古賀:まずはそこだな。
   それぞれ単独行動している。
   にも関わらず,片方は失踪,もう片方は戻ってきている。

長嶺:前にちらっと言っていたような気もするけど,
   何処かしらにポイント…そう,『特異点』があるのかも。
   其処に踏み込んだから,加藤君は消えた…

古賀:なるほどな。加藤だけがその特異点に接触した…と。

長嶺:次にカナちゃんが戻らなくなったけど,きっと…

古賀:特に何処を捜すと言ってなかったし,その可能性は高い。
   そもそも,最初に島を廻った時は,そんな事象は起こらなかった。
   つまり,島の海岸沿いではない。

長嶺:うん。須藤君は『釣り』に行った。
   それってつまり,海岸ってことでしょ?
   逆に考えれば,島の中央に謎が隠されている様な気がしてならなくて。

古賀:そういえば,高木を待っている時は潮干狩りをした。
   これも『海岸』である事に変わりない。
   高木が何処を重点的に捜したのかは不明だが,
   中央部に入り込んだ蓋然性(がいぜんせい)は高い。

長嶺:そして今は須藤君。彼もまた…

古賀:だが,その『特異点』が仮にあったとしてだ。
   それと,島の大きさが小さくなるという事との牽連性(けんれんせい)が見出せない。
   何が起きているっていうんだ…


 長嶺が海岸の方を指差して。

長嶺:古賀君!

古賀:どうした?

長嶺:さっきより,また海岸線が近くなってる!
   違う…目に見えて島が小さくなっているのが判る!
   リアルタイムで!

古賀:! ホントだ! これは一体…

長嶺:(半泣き)ねぇ…どうしたらいいの?

古賀:マズい! このままじゃ海に放り出される!


 古賀が咄嗟に長嶺の腕を掴み,袖へ走り出そうとする。

長嶺:こ…古賀君!?

古賀:此処に居たら危険だ! 島の中央へ向かう!

長嶺:でも,其処は特異点かもしれないのに!?

古賀:そうだとしてもだ! 此処よりはマシだろ!

長嶺:解った…私,貴方と一緒なら…

古賀:よし,行くぞ!


 古賀と長嶺が袖へ走り去る。暗転。

◆シーン7
 テントを張ってある場所に加藤、高木、須藤が居る。
 そこへ古賀と長嶺が下手より息を切らせて登場。
 竈に火は入っており,飯盒がセットされている。

加藤:お?

高木:2人とも戻って来たのね!

須藤:お帰り…なのかな?
   それにしても,どうしたんだい? 息なんか切らして。
   大体,2人はこの場から離れないって思っていたんだけど。

古賀:なるほどな。

加藤:何がだよ。

古賀:どうやら,長嶺の仮説は正しかったようだ。

高木:どういう事?

古賀:これはあくまで俺と長嶺の視点に立った話ではあるが,
   加藤を筆頭に,一人ずつ帰ってこなくなった。

加藤:ちょっと待てよ。そりゃおかしい。
   俺なんて,どんだけ長い間此処で待って居たと…

古賀:話を最後まで聞け。とにかく,一人ずつ消えていった。
   途中で須藤が単独行動をしているが,その時には,
   そういった事象は起こらなかった。
   お前等,島の中央にある祠に近付いたろ。

加藤:そういえば…薪を集めている時…

高木:私もこいつを捜している時…

加藤:『こいつ』って…

古賀:そこは今は論点じゃない。問題は,その『祠』らしき処だ。

長嶺:そうなの。須藤君が釣りに行った時や,皆で潮干狩りをした時,
   消失現象は起きなかった。

加藤:潮干狩り,俺も行きたかったぜ…

高木:別にこの後すればいいじゃない。
   まだ迎えが来るまで1週間あるのよ?

加藤:まぁ…そりゃそうだけどよ…
   なんつーの? こう除(の)け者にされた感じ?

高木:知らないわよ,そんな事…
   それに,次は皆で行けば済むでしょ。

加藤:むぅ…

須藤:またズレ始めてるね。つまり古賀はこう言いたい訳だ。
   『祠』が何らかの引き金になって,異常事態が起こった…と。

古賀:ああ。それともう一つ。

須藤:というと?

古賀:長嶺が言っていた事,憶えてるか?

須藤:『島が小さくなっている』とかだったっけ?

古賀:それだ。お前が居なくなってから,その速度が爆発的に上昇した。

高木:なによそれ…そんな事,ある訳…

長嶺:あったの。私,この目で見たんだから。
   島がどんどん小さくなっていくところを。

高木:………ナオちゃんがそこまではっきり言うなんて珍しい…
   となると,本当にあったって事かしら…

加藤:おいおい…俺はそんなの全く感じてないんだが?

古賀:高木もだが,特に加藤はそれを感じなくても不自然さはない。

加藤:え?

古賀:さっきも言ったが,島の縮小は加速度的だった。
   だから最初は誰も何も感じなかったんだ。

加藤:でもよぉ,俺は此処に戻ってきてから,
   そんな事一回だって…

高木:私も。違和感なんてなかったわ。

長嶺:そうかもしれない…でもね,私と古賀君は,それを目(ま)の当たりにしたの。
   海岸がどんどんテントに近付いてきた。
   だから,慌てて島の中央部分に逃げたの。
   そしたら祠があってね…でもそこを通り抜けた瞬間,
   島の大きさは何事もなかったかのようになっていたわ。

古賀:そう。だから,『祠から此処まで』の距離は,
   明らかに逃げていた時と,戻ってくる時に明確な違いがあった。

須藤:だから『なるほど』って言った訳ね。

古賀:ああ。

高木:でも良かったじゃない。こうしてまた,全員揃ったんだし。

加藤:そうだな。俺もう腹減ったよ…

長嶺:安心は出来ないと思うんだけど…

高木:どういうこと?

須藤:要するに,不可解な事象が起こった筈なのに,
   今はまるで何事もなかったかのようになっている。
   それが不気味ってことでしょ?

長嶺:うん…

古賀:もしかしたら,俺達,本当に『神隠し』に遭っちまったのかもな。

加藤:は? 皆こうして居るじゃねぇか。

古賀:『誰か一人が』という意味じゃない。『俺達全員が』だ。
   ずっと疑問に思っていたんだ。
   神隠しの伝承,戻ってこなくなる人,怪しげな祠…
   これは,一種の空間転移現象なんじゃないかって。

高木:空間転移って…そんな未来設定要らないわよ…

加藤:寧ろ厨二っぽいよな。

高木:全くもってね。

古賀:だがな…それに加えて徐々に小さくなっていく島。

高木:それもちょっと信じ難(がた)いなぁ。

加藤:同じく。

須藤:まぁまぁ2人とも。
   で,我等がリーダーの結論を聞こうよ。

古賀:リーダーじゃない…って,まぁそこはいい。
   一連の事象,まるで,俺達はある物の中に
   閉じ込められているって感じがする。

須藤:ある物?

古賀:そう…俺達が良く知っている物だ。

高木:皆目検討が付かないわねぇ…

加藤:同じく。

長嶺:もしかして…『砂時計』…

古賀:だな。砂時計は2つの空間から成る。上と下な。
   徐々に上の砂が下へと落ちていく。
   最初は上の砂の量が多いこともあって,表面積はさして変わらない。
   だが,時間が経つにつれ,砂の量が減っていき,
   その表面積は加速度的に減少していく。
   そして,下に落ちた砂は,上へ戻る事はできない。

須藤:つまり,僕達は『上の世界』から『下の世界』に来てしまった…と。

加藤:おいおい…冗談も其れ位にしとけよ。
   現実離れし過ぎて,俺にはさっぱりだ。

高木:そうよねぇ…そもそも,
   なんで私達が砂時計の中に居なきゃいけないのかも解らないし。

長嶺:でも,これなら説明がつくわ。

加藤:説明がつこうがつかなかろうが,どっちゃでもいい。
   飯の準備しようぜ!

高木:そうそう。それに1週間経てば,古賀君の叔父さんが迎えに来るんだし。

長嶺:もし来なかったら,私達ずっとここで暮らさなきゃいけないのよ?

須藤:そうかもしれない。でも違うかもしれない。
   今は不確定な事象を受け入れるよりも,現状を楽しもうよ。

長嶺:うん…


 3人は夕食の準備を始める為に動き始める。
 その場から離れられない長嶺は古賀の方を向く。

古賀:仮説に過ぎない。異変も『人間』に対してだけで,
   例えばテントとかそういった物はちゃんと此処に存在する。
   須藤も言ってたろ? 今は,『今を楽しもう』。

長嶺:1週間経って,叔父さんが来なかった場合,
   私達って戻れる術(すべ)はあるの?

古賀:さあな。それこそ『神の手』に依(よ)らないと無理なんじゃないか?
   俺達ではどうしようもない。

長嶺:………。

古賀:俺には,神が居るのかどうかなんて判らない。今がどういう状態かも。
   ただ,砂時計の下側に居るとしたら,
   それはきっと神が居るってことに繋がるし,
   きっとひっくり返してくれて,戻れるって。


 古賀はそっと長嶺を頭を撫でて微笑む。
 少し驚いて古賀を見つめる長嶺。

長嶺:古賀君…

須藤:おーい,2人共,手伝ってくれない?

古賀:はいよ。今行くから。
   さ,俺達も飯の準備しようか。

長嶺:そう…ね。うん,ありがとう。


 2人は合流して夕飯の準備を始めた。
 深刻な雰囲気とはうって変わって,賑やかさを取り戻している。
 徐々に照明out。

(終わり)

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