姫と遺言
姫(♀)
騎士(♂)
姫M (魔物が蔓延るようになってどれくらい経ったのだろうか。
父である王は、勇敢にして死を畏れない人だった。
騎士団を束ね、魔物の襲撃をずっと撥ね除けていたが、
ついには刺し違えて命を落としてしまった。
父亡き今は、その遺志を継ぎ、私が騎士団を束ねている。
◇謁見の間
姫 面(おもて)を上げなさい。
騎士 はい。
姫 亡き父の遺言に従い、あなたを見つけ、
騎士団長として迎え入れる運びになりました。
騎士 ありがとうございます。
姫 しかし、いくら父の遺言とはいえ貴方の実力を測らず、
その役職に据えるのは、
王国騎士団を束ねる者として示しがつきません。
騎士 仰るとおりです。
姫 騎士団を束ねる私と手合わせを行い、その実力を示してください。
よろしいですね?
騎士 承知いたしました。
充(あ)てがわれた部屋にて待機しておりますので、
日時が決まり次第ご連絡賜(たまわ)りたく存じます。
姫 追って伝えます。下がりなさい。
騎士 御意。
(ドアを閉めるSE)-----
姫 お父様、これでよろしかったのでしょうか。
私はまだまだ気持ちの整理がついておりません。
あの頃のようにご指導いただけたらどんなに──
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騎士 予定どおりだ。
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◇城門前
騎士 ただいま参上いたしました。
姫 話は聞いているかしら?
騎士 はい。町外れに魔物が出現したとのこと。
大規模な討伐隊を編成するまでもない規模であり、
私と姫の二人で対処すると伺っております。
姫 理解が早くて助かるわ。
さっそく向かいます。
騎士 はっ。
(それぞれが馬を走らせながら)-----
騎士 質問、宜しいでしょうか?
姫 許可します。
騎士 何故、騎士団の他のメンバーに対処させなかったのですか?
姫 もちろん、それでも良かったわ。
でも、数日前の戦いで皆疲弊している。
私はその時に別の公務をこなしていたので出陣しなかったの。
だったら、私が出るべきでしょう。
騎士 流石は騎士団を束ねるお方だ。
姫 バカにしているの?
騎士 滅相もありません。
──そして私も本日付で騎士団に入団し、騎士団長に就任している。
戦いで疲弊していないから連れてきたといったところでしょうか。
姫 わかっているじゃない。
騎士 さらに、腕を確かめることもできます。
姫 そのとおりよ。頭の回転が速い人は好き。
騎士 そのようなお言葉は慎まれたほうがよろしいかと。
姫 あら、何故?
騎士 勘違いを起こしてしまうかもしれないからです。
姫 言うわね。大丈夫、そんなことありえないから。
騎士 そうでしょうか……
姫 ほら、もうすぐ目的地に到着するわよ。
気を引き締めなさい。
騎士 はい。
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姫 たぁっ! 弱いのに数ばかりが多くてきりがない!
騎士 こちらはあらかた掃討し終えました!
姫 そのまま周囲を哨戒しなさい!
騎士 御意!
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姫 やるじゃない。
これで周囲に魔物がいなければ、この件は落着ってところかしら。
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騎士 こっちに魔物なぞ居るわけがないのに、用心深い性格の姫だ。
それでこそ、遺志を継ぎし者ではあるけれどもな。
さて、どうするか。
むしろ俺が姫のお手並みを拝見したいところだし……
哨戒に託(かこ)つけて眺めていることにしますか。
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姫 こちらも掃討完了っと。
随分時間が掛かっているようだけど、
新たな魔物でも現れたのかしら。
それとも、仕留め損ねた魔物を追いかけているとか。
だったら、騎士団長としてまだまだね。
前任者だって納得しないでしょうし。
(騎士のいる方へ向かう)-----
姫 仕留め損なってちらほら残ってるじゃない!
それじゃあ騎士団長の名が泣くわよ!
騎士 返す言葉もございません!
姫 こっち側は任せて! 貴方はそっちを!
騎士 はっ!
姫M (大丈夫なのかしら。
これじゃあ不満をぶつけられてしまうじゃない。
お父様、本当にこの者は新たな騎士団長の適格があるのでしょうか。
騎士 危ない!
姫 え!?
?
(騎士の剣が姫の左側を掠め、背後の大木に突き刺さる)
?
姫 ちょっと! 貴方どういうつもりなの!
騎士 (食いぎみ)最後の一匹が虎視眈々と姫の背後を狙っておりました。
姫 ほんとだ……ありがとう。
騎士 いえ、ご無事でなによりです。
姫 これで終わったようね。戻るわよ。
騎士 はっ!
(帰路)
姫M (私が最後の一匹を見落としていたわけじゃない。
瞬間的に身体をそらさなければ、私を貫いていた。
もしかして彼は──
騎士M(ちょっとやりすぎたかもしれん。
逸(はや)ったやもしれんな──
◇場内闘技場
姫 疲れているところ申し訳ないけど、
このまま腕を試させてもらうわ。
前任者たる旧騎士団長を審判員としてね。
騎士M(賢い選択だ。万が一、何かあれば奴に助けてもらえるしな。
騎士 御意。
姫 開始の合図はコインで。
それがこの国の仕来りだけど、構わないかしら?
騎士 お任せいたします。
姫 では、始めましょう。
姫M (これで彼の真意を確かめることができる。
(コインが宙を舞い、小気味いい音が場内に響いた)
姫 初撃必勝!
騎士 甘いっ!
姫 やるわね。流石は父が指定した者。
騎士 この程度でご納得されるのは早計では?
姫 言うわね。
騎士 今度はこちらから行きます!
姫 くっ!
騎士 見た目に反してしっかりと受け止められる力強さ。
姫 私だって、日々鍛錬しているのよ!
騎士 まだまだ攻めますよ!
姫 早い!
騎士 右脇に隙がありますね!
姫 きゃあ!
騎士 ほう、よく避(よ)けられました。
姫M (もしかして、押されてる?
姫 たぁっ!
騎士 ふっ。
姫 あ……あっさり止めた。
答えなさい!
これほどの腕がありながら、どうしてさっきの魔物討伐で
時間がかかったり見落としたりしてたの?
騎士 その腕で答えを引き出してください。はっ!
姫 くっ!
騎士 もっと周囲を観察したらどうです!
戦場では一瞬の判断が生死を分ける!
この程度では、騎士団もついてこない!
姫 言わせておけば! 私だって! やぁ!
騎士 よっと。私だって、なんだって?
泣き言ですか?
姫 父の遺志を継ぎ! 必死に頑張ってるの!
民を護るため! 皆の規範となるため!
なにより私自身のために!
騎士 いい覚悟だ。
姫 偉そうに! 貴方に何がわかるっていうよの!
騎士 わからないな。わかる必要もない。それに──
姫 なによ!
騎士 逆上しては、見えるものも見えなくなってしまう。
姫 くっ!
騎士 しかし、緊急回避の術(すべ)は大したものだ。
先の討伐でもそうだった。
姫 はぁ…っ! はぁ…っ! はぁ…っ!
貴方の目的は何? 誰の差し金なの!?
騎士 その剣で語らせてみせよ!
姫 …………。つあぁ!
騎士 ぐっ! 重い一撃だ。だが、まだまだ──
姫 はぁっ!
騎士 なにっ!? だが……時間だ。
姫 え!?
(騎士の身体が仄かに光りだす)
姫 何が……
騎士 感情に流されてはいかんと言っておったんだがな。
姫 まさか……まさか……
騎士 気が付いたか。
姫 お父様! お父様なんですか!?
騎士 そうだ、我が娘よ。
姫 お父様!
騎士 これこれ、騎士団長の前で泣くでない。
姫 でも! でもっ!
騎士 遺言に従い、立派に務めておるようだな。
姫 はい。
騎士 あの戦いの前、預言者が私に伝えたのだよ。
そして、まだ未熟だったお前を支えるよう騎士団長に言づけた。
それでも不安だった私は、死後、一時的に魂の器になる身体を探すよう
密かに動いてもらっていたのだ。
姫 だから騎士団長は、あの戦いに参加しなかったのですね。
騎士 ああ。もちろん私が戦いに赴かないように説得されたさ。
な?
(騎士団長を見る)
騎士 だが、率先して民を護らずして誰が王と認めようか。
私はお前にこれからを託したいがために、戦った。
姫 それでも、命を落とす必要なぞなかったのではないですか?
騎士 そうかもしれない。だが、いずれは世代交代せねばなるまい。
だったら、然るべき背中を見せておきたかったのだ。
姫 でも……
騎士 お前は私亡き後も、しっかり国をまとめ、そして護ってきたようだな。
感情に流されてしまうことだけが心配だったし、まだまだではあるが、
瞬発力が随分と養われている。
これで私は安心して旅立てるというもの。
姫 お父様……
騎士 これこれ、そんな顔をするでない。
いずれあの世で会えるだろうに。
それまでしっかり国を護り、後世に継いでいけるよう励むのだ。
姫 ……はい。
……はい!
騎士 いい顔だ。頑張るんだぞ。またな。
(騎士である王の身体がまばゆい光を放った後、その光の粒子が天へと昇っていく)
姫 お父様。私はあなたの遺志を継ぎ、この国を護ってみせます。
そして、いつか命を全うしたとき、また抱きしめて頭を撫でてください。
◇END