動き出した時間
比率 3:1:0
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半夜(♂)
安藤(♂)
石倉(♀)
父親(♂)
◇回想・6年前の冬・海辺の道路
半夜:ほら,もうすぐで期待していた海が見えるぞ。
安藤:…ん…あ,もうすぐか。
石倉:もー,安藤君ったら寝てるんだもん!
半夜:なにー! 人が運転してるってのに,暢気(のんき)に寝てやがるとは!
安藤:悪(わり)ぃー悪ぃー。
この微妙な振動が眠気を誘うんだよ。
石倉:別に眠気なんて誘わないよ?
ひょっとして寝不足なの?
安藤:いや,そういうわけじゃねぇんだけどな。
それなりに寝てた筈。
半夜:ったく…人がわざわざ自分の車を使って,三人でと思ってたんだが…
単車で来ればよかったのかもしれんな…お前なんか誘わずに。
安藤:おいおい…そりゃねーぜ。
石倉:あはははは♪
あ,海だよ! 海! 綺麗だねー!
半夜:今はシーズンオフだからな。人も少ない。
逆に言えば泳げないってことだけど。
石倉:ううん,いいの…別に。
それよりもありがとね。私の我儘聞いてくれて。
半夜:ん? お,おう…
安藤:俺も運転したかったぜ。
半夜:無茶言うな…お前は完全なペーパードライバーだろ。
挙句に寝てたとか…
事故でも起きたらどうするってんだよ。
安藤:ハンドル握ってたら寝てなかったって!
石倉:そうなの?
でも,私もペーパードライバーだからなー。
ほら,普段の生活だと車なんて滅多に運転しないしさ。
安藤:まぁ…そうだよな。
石倉:半夜君が運転できてよかったー♪
安藤:車で通勤とはご苦労なこったな。
俺達は電車通勤だもんな?
石倉:そうだねー。
半夜:嫌味かお前ら…
ここで車から降ろして,俺だけ先に行っちまうぞ?
石倉:あ,ひっどーい!
半夜:そうだな…安藤だけにしとくか。
安藤:おいおい…マジかよ…
半夜:あはははは! 真まに受けんなって。
安藤:お前が言うと,冗談に聞こえねぇんだよ。
半夜:余計なお世話だ。
石倉:そうだよー,半夜君がそんな酷いことするわけないよ。
安藤:そりゃ,こいつの性格知らないだけだぜ?
結構鬼畜だからな。
半夜:異議あり。
つか,ホントに車外へ放り出すぞ?
安藤:運転しながらか?
石倉:私がやってあげようか?
安藤:そ…そんなぁ…酷い。
石倉:あはははは♪
◇現在
半夜M:この頃は俺達三人はよく一緒に遊んでいた。
そして,俺は石倉に淡い恋心を抱いていた。
安藤も石倉が好きなことは知っていた。
微妙な関係ではあったが,それでも楽しくやっていた。
◇回想・ホテルに併設されているレストランにいる半夜と石倉
石倉:わー,ありがとう。こんな高級そうなレストランに誘ってくれて!
半夜:いや…ほら,もうすぐ石倉の誕生日だろ?
だから,ちょっと早いけどお祝いだ。
ウェイター:いらっしゃいませ。
ワインのメニューはこちらになります。
どう致しますか?
半夜:では,シャトー・ラフィット・ロートシルトを。
ウェイター:かしこまりました。
石倉:凄い…
ワインなんて…私よくわからない…
半夜:実は俺もさ。
石倉:でもさっき,スラスラっと応えたじゃない?
半夜:耳にしたことある銘柄を選んだだけ。
石倉:そうだったんだ。
ウェイター:ワインをお持ちいたしました。
こちらで宜しかったですか?
半夜:ああ,有難う。
ウェイター:お食事はどう致しますか?
半夜:予約したコースで。
ウェイター:かしこまりました。
◇
石倉:安藤君は誘ってないんだね。
半夜:ん…ああ…あいつは,なんか用事があるとかで,
来られないとか言っててさ。
石倉:そうなんだ…残念…
半夜:ほら,俺達高校卒業して,それぞれ就職して。
仕事とかで忙しいわけで…
石倉:うん…そうだよね。みんな忙しくなったよね。
半夜:その…俺だけじゃ…その…不足か?
石倉:ううん,そんなことないよ。ありがとう♪
半夜M:用事というのは嘘だった。
俺は二人っきりになりたくて,敢えて誘わなかったのだ。
◇半夜と石倉がディナーを採った翌日
安藤:半夜! てめぇ! 抜け駆けはナシって約束だったじゃねぇか!
それなのに昨日…
半夜:一緒に食事しただけだ。
それ以上のことはしてねぇって!
安藤:本当に食事だけなんか!?
半夜:そうだってば!
安藤:だって,あのレストランは,ホテルに併設されてるじゃねぇか!
半夜:そんなに疑うなら,直接石倉に訊きいてみろよ!
安藤:………
◇
半夜M:それからというもの,何かギクシャクした関係になり,
お互いに連絡を取り合うことはなかった。
そして,訃報(ふほう)は突然訪れた。
安藤は密かに単車の免許を取得して,
石倉を誘いツーリングに出かけていたらしい。
その時に交通事故に遭い,石倉が死んだ。
安藤も重傷を負った。
◇葬儀
父親:半夜君…来てくれて有難う。
半夜:いえ…この度は…
父親:………。
半夜:あの…ご焼香あげさせて戴いて宜しいですか?
父親:ああ…娘も喜ぶだろう…
半夜:有難うございます。
父親:君と顔をあわせるのは久しぶりだったね。
最後に会ったのは、娘の高校の卒業式の時だったかな…
半夜:はい…
父親:それ以来、皆就職し、上京してしまったからな…
ただ…こんな形で顔をあわせるとは思ってなかったよ…
半夜:僕もです…
父親:最後に娘に会ったのは?
半夜:半年ほど前になります。
父親:そうか…どうしてこんなことに…
半夜M:俺は言葉が出てこなかった。
父親:安藤君が故意じゃないのは承知している。
だが、やはり気持ちの整理がつかない。
許せないんだろうな…
半夜:それは…
父親:娘を失った悲しみが心を占めているから…
私は娘が病院で死んだ時に、彼が集中治療室にいるのは知っていた。
だが、彼の顔を見たくなかった。
気持ちの整理がついていない状態で、彼を見舞おうと思わなかった。
下手に会ってしまったら、何を言ってしまうか判らなかった…
彼が自責の念で苦しんでいるとしてもね。
あ、すまない。君に言っても仕方のないことだったね。
今日はありがとう。たまには顔を見せてくれ。
半夜:はい。では失礼します。
半夜M:俺は言葉が出てこなかった。
◇
半夜M:あれから,俺は一度も安藤とは顔を合わせなかった。
気を紛らわすかのように仕事をし,いろんな女とつきあった。
結婚すら考えた相手もいた。
だが,結局は踏み込めなかった。
何処かに,あの事故と石倉のことがひっかかっていたのだ。
そして今,俺は一通の封書を手にしている。
今時封書というのは珍しい。
大抵のことはメールで済ます世の中になっているからだ。
差出人は安藤。
安藤が起こした事故から,もうすぐ5年が経過しようとしていた。
内容はいたってシンプルで,次のようなことが書かれていた。
安藤(手紙):ご無沙汰。俺は事故の後遺症で右腕に麻痺が残った。
でもこれは,天が与えた罰なのだと思っている。
お前に黙って単車の免許を取り,
お前に黙って石倉を誘った。
だからなのだろう。
今更許してくれとは言わない。
ただ,一度会ってくれないか?
返事はいつでもいい。
でも,会いたくないならその旨を教えてくれると有難い。
半夜:ホント今更だな…
半夜M:そう呟いた。部屋の中でたった独りで。
数日悩んだ。
仕事をしているときも,そのことが頭から離れなかった。
そして,返事を出した。
石倉が死んでから丁度5年が経つ日に会おうと。
場所は石倉が眠る墓の前で。
◇半夜と安藤の再会・石倉の墓前
安藤:よう…
半夜:よう…
半夜M:俺が到着した頃,既に安藤は居た。
約束の時間より1時間も早く着くようにしたのに。
そして,長い沈黙。
その間,俺達はずっと石倉が眠る墓石を見つめていた。
静寂を破ったのは安藤だった。
安藤:俺…石倉の両親に会ってきた。
半夜:………それで?
安藤:許して貰うためじゃねぇ…
ただ,俺は入院していたせいで,葬式には行けなかったし,
退院するのに時間かかっちまったせいもあってか,
会って,謝る時機を逸して…
半夜:そうだったのか…それで?
安藤:どう言葉にしていいのかわからなかった。
ただ,許しては貰えた…
半夜:そうか…でも何故急に俺に会いたいって…
安藤:俺にもよくわからねぇ。
ただ,お前にもきちっと謝っておきたかった。
半夜:………
安藤:墓…掃除しようか。
半夜M:言われて気づいた。安藤の足元には水の張った桶と柄杓(ひしゃく)があった。
安藤が柄杓を手にし,桶から水を汲もうとしたが,
途中で柄杓を落とした。
そして,左手で右手首を握って震えていた。
安藤:(呟くように)ははははは…右腕がいうことをきかねぇや…畜生…
半夜:お前…本当に右腕が…
安藤:そうさ…まさか嘘書いたとでも思ってたか?
半夜:いや…そういうわけじゃねぇけど,
手紙だけだとイマイチよくわからなかったから…
安藤:見ての通りだ。おかげで職も失った。
半夜:今は何をしてるんだ?
安藤:利き腕が不自由だと,たいしたこともできねぇ。
簡単な事務仕事をしてる。
半夜:そうか…
安藤:でも…これが俺には相応(ふさわ)しい。
俺は…俺は…
半夜M:安藤は泣いていた。
俺はどうすることもできず,その場に立ち尽くしていた。
すると,空が暗くなり,小雨がぱらついてきた。
突然安藤は左手を懐に忍ばせ,小刀を取り出した。
安藤:やっぱり…
半夜:!! 止やめろ!
半夜M:俺は咄嗟に安藤の両手首を握った。
そして気が付いた。安藤の右手首にある無数の切り傷を…
安藤:放せ! 俺は…俺は!
半夜:そんなことをして,石倉が喜ぶとでも思うのか!
半夜M:安藤は項垂れ,持っていた小刀を力なく落とした。
そして崩れ落ちた。
そのままの姿勢が暫く続いた。雨に打たれながら。
◇ふと墓前が淡い光に包まれた
◇そこには石倉の姿があった
石倉:もう止めて…
安藤・半夜:!!
石倉:お願い…自分の身体を,命を粗末にしないで。
安藤:石倉…なのか?
石倉:うん…
安藤:これは夢?
石倉:夢なんかじゃないの。
肉体は滅んでも,心は二人と共にあるわ…
だから…
半夜:………石倉,すまん。
安藤:何故お前が謝る…
半夜:俺は…石倉のことを,安藤のことを忘れようとして,
仕事に没頭したり,他の女とつきあったりしていたからだ…
安藤:………
石倉:知ってる。
でもね,私はそれでもいいって思っていたの。
安藤:………
石倉:それに…安藤君が,あれ以来,誰とも付き合おうとしなかったことも。
私のせいで,二人の時間が止まってしまうことが一番怖かった…
心を閉じ込めてしまう,牢獄のような存在になりたくなかった…
安藤:牢獄か…
石倉:二人が,私に好意を抱いていたのは知っていたの。
でも,気づかないフリをしていた…
どちらかを選べば,必然的に他方が哀しむことになるから…
だから,関係を壊したくなかったの。
半夜:石倉…
石倉:でもね…それぞれの誘いに乗ってしまったことを,後悔してるの。
その結果,二人の間に溝が生まれてしまったから。
安藤:埋めようのない決定的な溝を作っちまったのは…俺か…
石倉:そんなことない…
もし事故が起こらなかったとしても,溝は深まっていたと思う…
だから,私は搬送された病院先で考えていたの。即死じゃなかったから…
このまま私が存在し続ければ,二人の間にある溝は深くなるばかりかなって。
半夜:そんなことは…
安藤:寧ろ俺の事故のせいで,余計に深淵(しんえん)になったと思う…
石倉:ううん…そんなことない。
だって,今こうして二人が一緒に,お墓の前に来てくれてるじゃない。
安藤:それは…
石倉:どうして私が二人に話しかけたか…わかる?
安藤:………
石倉:私という呪縛から二人を解放したかったの。
そして,またあの頃の仲のよかった二人に戻って欲しかった…
でもね,その為には二人が一緒になっていないと,
意味がないって思ってたから…
半夜:………石倉…
安藤:俺は…忘れることなんてできねぇ…
石倉:忘れて欲しいわけじゃないの。それはそれで寂しいから…
ただね…思い出として,心に留めてくれていれば…
それだけで私は満足なの。
だからお願い,二人共笑って…
二人が仲違なかたがいすることが,私にとって一番哀しいこと…
安藤:石倉…ごめん…本当にごめん…
石倉:いいの。気にしてないから。
それに…安藤君…自分の身体を傷つけることはもうしないで。
安藤:………
石倉:約束してくれる?
安藤:ああ…約束する…
石倉:半夜君も…安藤君を許してあげて…
半夜:別に恨んでるわけじゃ…
石倉:恨んでいるかどうかは,私にはわからないわ。
でも,枷になっていたみたいだから…
半夜:………
石倉:私は幸せだったよ。
だから…笑って?
半夜:安藤…立てるか?
安藤:ああ…
石倉:そう…そういう風に,二人が昔のように仲がいいところを
見ていることができれば,私は満足なの…
歩む道は違っても,三人はいつまでも一緒に…
安藤:他の女とつきあっても…石倉は平気なのか?
石倉:ええ…貴方が幸せなら…
私に捉われる必要はないわ…
半夜君も,新しい人を見つけて,その人と幸せになって。
半夜:それでもいいのか?
石倉:ええ。二人が幸せでいられることが,私にとっての幸せだから…
半夜:ありがとう…
石倉:二人が元の関係に戻りつつも,新たな道を歩みはじめるなら…
私の役目は終わったわ…
ごめんね…そしてありがとう。
安藤:石倉!
石倉:これからの人生を大切にしてね…
半夜M:それっきり石倉の声は聞こえてこなかった。
そして,雨は上がっており,空には虹がかかっていた…
◇END