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おじさんたちの叙事詩

比率 3:0:1(3:0:0)

台本を使う前に【利用上のルール】をお読みください。

瓜田卓也(うりた たくや)(♂):
黒木實光(くろき さねみつ)(♂):
保谷(ほうや)(♂):

ナレ(♂・♀)


♂3で演じるときはナレをカットしてください。

 

瓜田M 俺はしがないタクシードライバー。
    今日も週末に酔いしれている人たちを乗せていく。
    多くの人と出会い、さまざまな経験を語ってもらう。
    この生活は嫌いではない。でも──


ナレ  夜の帳(とばり)がビル群を漆黒に染め上げる。
    しかし都会は眠らない。大小無数の長方形が闇に浮かび上がり
    流れる光が道路の所在を明確にする。
    彷徨(さまよ)う魂のひとつとして、瓜田は車を流していた。
    遠くで手を挙げる男が目に留まる。
    スムーズに横で停止した。


 ◇客を乗せる

瓜田  どちらまでですか?

黒木  西新宿一丁目の空珠(そうじゅ)ビルまで

瓜田  かしこまりました。


ナレ  ドアを閉めると滑るように発進する。


瓜田  ずいぶん蒸し暑くなりましたよね。
    最近は暖かくなったかと思えば、すぐに暑くなる。
    昔はこうじゃなかったんですけどね。

黒木  ああ。春とか秋が消えてしまったみたいだ。

瓜田  これも地球温暖化の影響なんですかね。

黒木  どうだろうな。一概には言えない気はする。

瓜田  お詳しいんですか?

黒木  いや、大学でちょっとばかり気象について学んでいたんでね。

瓜田  すごいですね。
    私なんて文系でしたから、そういったことはさっぱりですよ。

黒木  逆に俺は歴史とか文学はさっぱりだけどな。
    えーっと。


ナレ  黒木は助手席の前に据えられているタクシーの乗務員証を確認する。


黒木  瓜田さんは……え? 瓜田?

瓜田  はい、そうですよ。

黒木  瓜田卓也って、あの輸入雑貨を扱っていた?

瓜田  え? どうしてそれを。

黒木  俺だよ俺。黒木。黒木實光(さねみつ)。

瓜田  黒木? あのお勉強ができた黒木か!

黒木  おいおい、そんな言い方はないだろ。

瓜田  いやぁ懐かしい。まさかこんなところで再会するとは。

黒木  俺もびっくりしたぞ。文学部に進学して海外の文化にのめり込んで。
    大手就職先を薦められても蹴って自営業はじめちゃったんだし。

瓜田  ははは、若気の至りだよ。

黒木  でもどうしてタクシーの運ちゃんなんてやってるんだ?

瓜田  会社をそこそこ大きくさせたんだけど
    時代の流れなのか景気のせいなのか。
    いや、経営が下手糞だったんかな。

黒木  そうだったんか。

瓜田  はい、到着。

黒木  いくらだ?

瓜田  お代はいいよ。

黒木  「いいよ」じゃないよ。
    こういうのはちゃんとしておかないとな。
    個人タクシーだろ? これも経営。

瓜田  痛いこと言うなぁ。1,210円。

黒木  はい。釣りはいいよ。

瓜田  いや、それは悪いよ。

黒木  再会祝いってことで。すごい少ない額だけどな。

瓜田  ……ありがたく貰っとく。

黒木  うんうん。じゃあな。

瓜田  また飲もう。

黒木  ああ。


 ◇バー

ナレ  雑居ビルの一室。
    この部屋だけしっかりリノベーションを施したのだろう、
    周囲のドアに比べてしっかりとしている。
    重厚な木に負けない洒落た金属文字が、暗い廊下に浮かび上がっていた。
    黒木は躊躇うことなく開ける。
    カランカランという小気味いい音が響いた。
    外からは想像もできないほどシックな内装のバーがそこに広がっている。


黒木  ん。

保谷  来たか。

黒木  呼び出したのはそっちだろう。

保谷  そうだったかな。

黒木  相変わらず口が減らないな。
    そんなんで、よくここを維持できるな。

保谷  バーはついでみないたものだ。
    これで稼いでいるわけじゃない。

黒木  そらそうか。

保谷  お前、結構酔っているのか?

黒木  なんでだ?

保谷  いつもより機嫌がよさそうだからな。


ナレ  黒木はカウンター席に腰かける。
    常連だからだろう、保谷は注文を受けることなく飲み物を作り始める。
    しばしの無言。カラカラというシェーカーの音だけが部屋を満たしていく。
    無言で差し出すと、黒木は軽く口を付けた。    


黒木  ついさっき、旧友に会ったからかな。
    昔は羽振りのいい社長だったはずなのに、
    今ではタクシードライバーだよ。

保谷  経営センスがなかったんだろう。

黒木  人が好(よ)かったからな。
    ありゃあ、もしかしたら騙されたのかもしれない。

保谷  ほう。

黒木  で? あんたから呼び出すのは珍しい。
    どんな案件なんだ? たっぷり稼げなかったら降りるぜ?

保谷  こいつだ。


ナレ  紙の束をカウンターに抛(ほう)った。
    黒木は綺麗な扇形で広がった一枚を手に取って目を落とす。


黒木  こいつは……

保谷  できそうか?

黒木  ちょっと考えさせてくれ。

保谷  まさか、こいつがその旧友か?

黒木  ああ。瓜田卓也。さっきここまで乗せてくれた旧友だ。

保谷  感情移入か?

黒木  俺はあんたと違って人間なんでね。

保谷  失礼な。私も血は通っている。

黒木  よく言うぜ。とりあえず本人に会ってみる。

保谷  おいおい、悟られるんじゃないか?

黒木  そんなヘマをするように見えるか?

保谷  ……わかった。ただこれだけは忠告しておく。
    被害者であったとしても同情はするな。

黒木  小煩(こうるさ)いおっさんだ。
    今日の分はつけといてくれ。


ナレ  少し難しい顔をしながら黒木は席を立つと
    保谷は鋭い視線で送り出した。


 ◇


ナレ  カフェの店内はガラス越しで和らいだ日差しが満たしていた。
    明るい店内の窓側にある二人掛けテーブルに腰かけ、
    運ばれてきたコーヒーを一口含む。    


瓜田  まさか、こんなに早くに飲めるとは思わなかったなあ。

黒木  酒じゃなくてコーヒーだけどな。

瓜田  仕方ないだろう。飲酒運転をすることはできないからね。
    こんなお洒落なカフェなんて、久しく入ってないから緊張する。
    浮いてるんじゃないか?

黒木  気にしすぎだ。今時、おっさん二人でカフェってのも変じゃない。
    意識高い系みたいではあるけどな。

瓜田  ははは、意識高い系ね。

黒木  ここのチーズタルトは最高なんだぜ?

瓜田  甘いものかぁ。

黒木  どうした? 好きだったろ。

瓜田  そうなんだけど、なんかこんなところだと気恥しい。

黒木  自意識過剰。



黒木  ところで、この前は中途半端に聞いたんだが、
    あの会社は倒産しちまったのか?

瓜田  ……。

黒木  ……悪い。思い出したくないか。

瓜田  そういうわけじゃないんだけどね。

黒木  経営が苦手なら、あそこまで会社は大きくならない。
    もしかしたら、誰かに唆(そそのか)されるか騙されるかしたんじゃないかなと。

瓜田  知ってどうするんだい?
    それとも懲らしめてくれるとか?

黒木  いや、そうじゃないんだけど……

瓜田  ははは。すまんすまん。俺も意地悪なことした。
    どうこうしてくれとは思ってないよ。
    ただ、他にも被害者が居るんじゃないかなって。

黒木  被害者。

瓜田  そうさ、投資詐欺に遭ったんだ。
    迂闊だったよ。書類なんかもしっかり確認したりしてたんだけどな。

黒木  もしかしてなんだけど。

瓜田  ん?

黒木  そいつの名前って宇佐美か?

瓜田  どうしてそれを? まさかお前も?

黒木  ああ、いや。そういうわけじゃないんだ。
    ただ、小耳に挟んだことがあったもんだから。

瓜田  そっか。やっぱり俺だけじゃなかったんだな、騙された奴は。

黒木  ああ……

瓜田  まさかお前も?

黒木  いや、俺は。

瓜田  そっか。

黒木  なんかすまん、せっかくなのに暗い話になっちまって。

瓜田  いいよいいよ、気にするなって。


黒木M 今の仕事は楽しい──そう言うときの瓜田の表情は少し寂しそうだった。
    大好きだった輸入雑貨の会社を潰された悔しさという影が
    その横顔に刻まれていた。
    俺は、厄介な仕事を承知で引き受けることにする。
    学生時代、みんなでバカをやって楽しんだことを思い出した。
    あの人懐っこい笑顔を引き裂いた奴を許したくない。


 ◇バー(喫茶店)

ナレ  瓜田はとある喫茶店に入ろうとしていた。
    立派すぎるその戸は、左右のものと一線を画している。
    先日偶然乗せた客、黒木はこのビルに吸い込まれていった。
    何の仕事をしているか聞きそびれてしまったものの、
    まっとうな職に就いていない雰囲気が漂っていた。
    直接問いただすのも躊躇われたからこそ、
    行きつけの店で何か判るかもしれないと思ったのだ。
    重いその扉を引いた。


瓜田  すいません。

保谷  いらっしゃいませ。


ナレ  黒木がいつも座る席に腰を下ろす。


瓜田  アイスコーヒーをお願いします。

保谷  かしこまりました。少々お待ちください。

瓜田  随分と中をリノベーションされたんですね。

保谷  趣味みたいなものですよ。

瓜田  すごくシックで落ち着いた雰囲気です。

保谷  ありがとうございます。

瓜田  先日、旧友に会ったとき連れていかれたカフェは落ち着かなかったなぁ。
    周りは若い女性ばかりだったんですよ。

保谷  ほう。いいじゃないですか。
    最近ではナイスミドルな男もカフェでスイーツを嗜むそうですよ。

瓜田  そうなんですかねぇ。ちょっと恥ずかしかったです。

保谷  うちはコーヒー専門店に近いですからね。

瓜田  あいつ、コーヒー好きだったもんな。
    黒木っていうんですけどね。あいつ、ここの常連なのかなって思って。

保谷  存じておりますよ。たまに起こしになります。

瓜田  やっぱりそうなんですね。夜もやっているんですか?

保谷  ええ、まぁ。
    ただ会員制のバーなので、お客様がひとりで来られても
    残念ながらお相手はできませんけれども。

瓜田  そうなんですね……

保谷  ……。

瓜田  ……。


瓜田  ごちそうさまでした。
    本当は黒木のことを聞きたかったのですが。

保谷  そういうことは、ご本人に直接尋ねられたほうがいいと思いますよ。

瓜田  そうですね。ありがとうございます。

保谷  ……。


 ◇バー


ナレ  静謐(せいひつ)な店内に氷が解けてグラスを奏でる。
    黒木がいつもの席でウィスキーを傾けていた。


保谷  えらくごきげんだな。

黒木  下準備が調ったからな。
    これが会社の謄本。

保谷  このためだけに会社を買った。

黒木  いつものことだろ?
    相手を嵌めるには形が大事なんだよ。

保谷  立ち上げたほうが余計な交渉もなく楽なんじゃないか?

黒木  分かってるくせに。
    登記事項証明書のここ。会社設立の年月日ってあるだろ?
    いつ会社を設立したのかもばっちり載ってる。
    老舗感を出すためには、こういうところにも気を付けないといかん。

保谷  ふふふ。その慎重さを買っているんだ。
    若造は目先に囚(とら)われすぎて、基本を忘れる。

黒木  この仕事はじめて何年になると思ってるんだよ。
    そのへんのルーキーと一緒にしないでくれ。

保谷  すまんすまん。


保谷  そういえば、今日の昼に瓜田が来たぞ。

黒木  なにっ!?

保谷  尾(つ)けられるなというのは酷か。
    なんせここまで送ってもらったわけだし。
    しかし、随分と人の好(よ)さそうな顔をしていたな。
    あれでは簡単に騙されてしまうだろう。
    社長という器ではない。
    タクシードライバーが分相応といったところか。


ナレ  グラスをカウンターに叩きつけると走って出ていく。


保谷  やれやれ。
    仕事は遂行してくれるものの、あの感情的になるところはいかん。
    いつか痛い目を見る。


 ◇瓜田が住むアパート

ナレ  保谷の言葉で酔いは吹っ飛んでいた。
    深夜にもかかわらず瓜田が住んでいるアパートのドアを荒くノックする。
    訝(いぶか)しげに隙間から覗くと息の上がっている黒木がこちらを見つめていた。


瓜田  どうしたんだよ、こんな時間に。
    っていうか、ここ教えてたっけ?

黒木  いいから入れろよ。

瓜田  あ、ああ。


ナレ  狭いワンルームアパート。
    調度品は必要最低限のものしかなく、部屋は片付いていた。
    中央に置かれている炬燵テーブルに落ち着かせると、
    瓜田は冷蔵庫から麦茶を取り出した。
    ふたつのグラスが汗をかいていた。


瓜田  何があったんだい?

黒木  え?

瓜田  突然押し掛けるなんて、そう思うのが自然だろ?
    しかも、引っ越してから住所教えてなかったはず。

黒木  あ、ああ。とにかく。

瓜田  ん?

黒木  あの喫茶店には近づくな。

瓜田  どうしてだい?

黒木  俺のことを詮索するな。

瓜田  命令形ばっかりだな。らしくない。

黒木  いいから、絶対に近づくんじゃないぞ!


ナレ  言い終えるや否や、黒木は立ち上がった。


黒木  絶対だぞ。

瓜田  ……。


 ◇バー

保谷M 詐欺には種類がある。
    一般人を騙して金を巻き上げるシロサギ。
    結婚すると仄めかして食い物にするアカサギ。
    企業を嵌めるアオサギ。
    そして詐欺師に照準を絞るクロサギ。
    黒木は正義感溢れてはいない。
    自身に降りかかった災難。怨みが原動力だった。
    いつか自分を陥れた詐欺師を嵌めるために裏世界に身を落とした。
    私ももしかしたら似たようなものなのかもしれない。
    表の顔として喫茶店やバーを経営しつつ、情報屋をその本業とした。
    だが、彼のような感情はもう残ってはいない。
    ただ金を稼ぐだけが楽しみとなっているのだ。


保谷  仕留めたようだな。

黒木  びっくりする程の小物だったよ。

保谷  そんな奴に引っかかる旧友もどうかと思うぞ。

黒木  そうかもしれないが、悪く言うのはやめてくれ。

保谷  ふふ。相変わらずだな。
    で、巻き上げた金はどうするんだ?
    彼に渡してやるのか?

黒木  考え中だ。

保谷  考え中か。

黒木  俺の金をどう使おうが勝手だろ?

保谷  たしかにな。

黒木  今日来たのは、情報量の支払いだからな。

保谷  ツケもな。

黒木  はいはい。

保谷  とはいえ、今回はこちらからの依頼でもある。
    情報量はディスカウントしよう。

黒木  相殺してくれるんじゃないんかよ。

保谷  ふふふ、誰かさんと違って私は甘くないんでね。

黒木  ……。


 ◇夜・瓜田のアパート

ナレ  以前と同じような配置で二人は炬燵テーブルを囲んでいた。


瓜田  なにもこんな狭いところじゃなくて、
    どこかの飲み屋でもよかったんじゃないか?

黒木  ……。

瓜田  黙ってちゃわからんよ。
    そうそう、どうして俺ん家(ち)を知ってた(んだい

黒木  宇佐美は破滅した。

瓜田  ……え?

黒木  警察に捕まったわけじゃないが、
    それも時間の問題だろう。

瓜田  そっか。

黒木  少しはすっきりしたか?

瓜田  え?

黒木  自分を騙した憎い輩が破滅したんだ。
    ざまぁみろって思わないか?

瓜田  ……。

黒木  悔しくなかったのか? 大事なものを奪われて。
    夢も家族も失うことになった元凶が追い詰められているんだ。
    どうしてもう少し晴れやかな顔をしない。

瓜田  ……そりゃ憎かったし、破滅してくれて良かったとは思ってるさ。
    でも。

黒木  でも?

瓜田  お前は何をしたんだい?

黒木  え?

瓜田  犯罪者を裁くために犯罪を犯してもいいってことはないはずだよ。

黒木  くっ……

瓜田  やっぱりね。この前の様子といい、ちょっと怪しかったからね。

黒木  ……。

瓜田  何をやらかしたかは知らないし訊かない。
    たぶん、耳にしないほうがいいんだと思う。
    ただ……

黒木  ただ?

瓜田  いや、なんでもない。ありがとう。

黒木  ……今の仕事は楽しいか?

瓜田  そうだなぁ。いろんな客が居るからね。
    他愛のない会話にみえてもそれぞれの人生を垣間見ることができる。
    そんな話は聞いていて楽しいよ。

黒木  質の悪い酔っ払いなんかも居るんじゃないのか?

瓜田  そりゃあね。それもまた人間模様の観察ができるんだよ。

黒木  前を向いているんだな。

瓜田  まぁね。これでより前向きになれる気がする。
    どこか自分を騙しながらだったけど、曇りは晴れたよ。

黒木  そうか。それを聞いて安心した。じゃあな。

瓜田  今度こそどこかで飲もう。あのバー以外で。

黒木  ああ。


ナレ  笑顔で見送られながら黒木は瓜田のもとを去った。
    手にしていた紙袋を置いて──

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