君の中の太陽
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◇司は病院のベッドに寝ている
そこへ隆が入ってくる
隆 今日は起きていたんだな。
司 うん、体調がよくてね。
隆 もう少ししたら退院できそうとか?
司 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
隆 どっちなんだよ。
司 そんな些末なことなんて、どうでもいいんじゃない?
隆 おいおい、自分の体のことだろ? 少しは気にしたらどうなんだ?
司 それは、他の誰でもない自分が一番解ってるからね。
少なくとも、君が気にするようなことじゃないよ。
で、今日はどんな話を聞かせてくれるんだい?
隆 気にするようなことじゃないって…
まぁ、お前の性格を考えるとそうかもしれないけど…
司 そういうこと。性格要素みたいなものだよ。
今日の話を楽しみにしてるんだけど、どんな内容なの?
それとも話してくれないとか?
隆 そんなつもりはねぇけど。
司 よかった。話してくれるんだね?
隆 ああ…
司 歯切れが悪いね。
隆 ちょっと、いつもとは違った話になるけど、
それでも構わないか?
司 僕は特に気にしないよ。
こうやって、話を聞かせてもらえること自体が楽しいから。
隆 そっか。
司 うん。
(間)
隆 最近、思うことがあるんだ。
司 というと?
隆 こうやって、毎日のように司にいろんな話をしてるわけだろ?
司 そうだね。
隆 ただな、過ぎ去った日々とかのことについて、
正面から向かい合ったことあったかなって思って。
司 僕に聞かせてくれているだけじゃ、不足ってことなのかな。
隆 不足っていうわけじゃねぇんだけど、
ただ単に愚痴をこぼしたり、バカ話をしたりばっかだろ?
そうやって背を向けてていいのかなってな。
司 それでも、前に向かってひたすらに歩こうとしてるんじゃない?
隆 そういう考え方もできるっちゃできる。
けどな、過去に目を背けて邁進(まいしん)することで足りるのか?
司 経験を活かして、進んでいきたいってこと?
隆 ああ。
司 もちろん、全ての経験を活かすことをできるのが理想なのかもしれない。
でもさ、それってすごく息苦しくて、疲れるんじゃないかな。
隆 ………。
司 もしかしてさ、日々の中で、
足りないものがどんどん増えていってるって感じてる?
隆 相変わらず鋭いな。
なんかこう、目には見えない何かを置き忘れて行っている、
そんな感覚に苛(さいな)まれてるわけだ。
司 そうなんだ。
僕はこうして病院暮らしだから、そういった感覚を
共感することは難しいんだけどね。
隆 ………。
司 だって、いっつも寝てるだけなんだしさ。
隆 ああ。
司 でも、その『何か』ってなんなんだろうね。
『足りないもの』を具体的に把握できないから、
『何か』っていう表現になっちゃうんだろうけどさ。
隆 まぁな。
司 前に、子供の頃の夢について話をしてくれたよね。
隆 え? ああ。ちょっと恥ずかしいけどな。
司 学者だったよね。
『たくさんの調べものをして新しい発見をするんだ!』って。
隆 そうだったな。知的好奇心っつーのか? そういうのを満足させたくて。
司 これだけ情報技術が発達してる今って、
知りたいことが簡単に手に入っちゃうからさ、
その夢が崩れちゃったとかっていうんじゃないの?
寧ろ、情報地獄の中に溺れちゃっているっていうか。
隆 そうかもしれねぇな。
ちょちょいってネットで調べたら、簡単に出てくるし。
司 だから、その夢が死んじゃったとか。
隆 ………。
司 少年が抱いていた、無限に広がる可能性が
一瞬にして色褪せてしまった、そんな感覚に陥ってるんだと思うよ。
隆 なんだろうな。ちょっとずつ、でも確実に見えなくなっていくんだよ。
あの春の足音とか、夏の眩しい色とか。
司 秋の匂いとか、冬の澄み切った星空とか?
隆 ああ。だからか、青空も霞(かす)むし
自分の存在している理由すら判らなくなる。
司 希薄になってきているんだ。
隆 季節なんて、俺とは関係なく廻ってるわけだし、
そういう意味では、気持ちだけが何処かに置き去りになってるっつーか。
司 僕は、よく窓の外の景色を見てるんだけどさ。
隆 ? ああ、そうだよな。一日病院に居りゃ、そうなっちまう。
司 こんな僕でも、季節の移り変わりを感じるんだよ?
でも、今の君は、まるで…
隆 まるで?
司 自分っていう殻の中に閉じこもってしまって、
外の世界と隔絶しちゃってるっていうか…
まるで、真夏なのに雪が舞ってるみたいだよ。
隆 真夏に雪…か。そうかもしれねぇな。
どこか現実と乖離かいりしてるかも。
見たくない現実には蓋をしちまって、
ただただ面白おかしく過ごせればいいやって。
司 こんなこと、ちょっと言いづらいんだけど。
隆 気にするな。言えよ。
司 今まで、いろんな話を聞かせてもらったんだけど、
仲のいい人に対しても、本音を言ってるのかなって。
隆 ………。
司 そっか、言ってないんだね。
隆 ああ…よく判ったな。
司 なんとなくね。
隆 お前の言うとおりさ。
本音で語り合うことを避けて、
どってこともない傷の舐めあいくらい。
安い正義感や悪の定義なんかを振りかざしたりもするけど、
それにしたって、みんな受け売りさ。
みんな気づいているんだけど、誰も追及しねぇ。
気が付けば、多くのことに慣れ過ぎちまって、
感覚がどんどん麻痺してってるんだな。
司 だから、昔抱いていた夢が、
そう、胸に流れていた大河が、
次第に干上がってるんだね。
隆 しっかり現実を見て、受け止めて、
涸かれることのない想いや願いが…な。
司 改めて自分を見つめてみると、
抜け殻だけの存在と化していて、
それが空しく舞っているんだね。
隆 俺の中にある空がさ、どんどん黒く染まっていって、
太陽なんか、どっかに隠れちまったみてぇなんだよ。
司 どんどん深い闇へと落ちて行ってる感覚?
隆 そんな感じ。
司 終わりがない、底もない谷?
隆 ああ。
司 どんなに望み求めようとしてる君にとって、
逆に見えすぎてしまって、見えないように感じるもの?
隆 ああ。
司 そっか。
隆 ………。
なんか、今日は俺の深い部分について喋っちまったな。
今となっては、ちょっち気恥ずかしいぜ。
司 そんなことないと思うよ。
今日、この話を聞けて良かったって思ってるもん。
隆 そうか?
司 うん。
隆 おっと、もう消灯時間だな。
また明日も来るぜ。なんか中途半端な感じがするし。
じゃあ、また明日な!
司 うん。
隆、退場
司は隆の後姿を見送った後、
手紙を認め始める。
徐々にフェードアウト
◇翌日
ベッドに司の姿はいない。
何かを察したかのように慌てて病室を飛び出す。
暫くして、息を切らしながら戻ってくると、
ベッドの上に置いてある手紙を見つける。
隆 手紙…?
徐に取り出して、読み始める。
隆 この手紙を読んでるのは、何月何日なんだろうね。
子供の頃の夢や、今の虚無感なんかを話してくれた後に
この手紙を書いています。
隆 8月27日だよ…バカ…
(司、音声で)
司 「出会ったきっかけってさ、君が交通事故で足を怪我して
僕の隣のベッドに担ぎ込まれた事だったね。
本当に些細なきっかけ。
一緒の部屋に居るから、
君は僕の病気が深刻なものって知らなかったんじゃないかな。
でもね、もう治る見込みがないって言われたんだよ。
無理して延命するよりも、僕は苦しまない方法を選択したんだ。
そして、一般病棟で余生を過ごさせてって、
先生にお願いした。
余命が2週間程度になった頃なんだよ、君が来たのは。
数日で退院していったんだけど、
どうしてその後も僕のところに度々お見舞いに来てくれたんだろう。」
隆 そんなの…わかんねぇよ…
ただ、お前と話をしてると、なんか気楽で…
司 「理由はともあれ、本当に嬉しかったんだよ。
僕は施設で育ったから、
親戚とかいないようなもんだし、
誰もお見舞いに来てくれなくなった。
最初のうちは、施設の人も来てくれたけど、
まぁ…ね。そんなもんさ。
君の話は、僕にとって刺激的だったよ。
なんせ、僕が経験していないことばっかりなんだし。
死を間近に控えている人間にとって、
外の世界の疑似体験をさせてもらってるようなもの。
そういう意味でも感謝してるんだ。」
司 「でさ。昨日の…8月26日の話なんだけど、
僕は君が吐露した内容について、薄々感づいていたんだ。
ごめんね。」
隆 なんで謝る必要があんだよ…
司 「もし、君がああいった内容の話を切り出さなかったら、
僕の方から振っていたかもしれない。」
「君は、自分が進もうとしている道について、
もう答えが見えかけているんじゃないのかな。
『目を背けている』っていう事に気付いているんだよ?
ただ、何かを失うのが怖くて、一歩を踏み出せないでいるだけ。
でも、その一歩を踏み出して失うものって、
そんなに大切なものなのかな。
本当にやりたいことがあるんだとしたら、
そして、それを邪魔したり非難したりするような人が居たとしたら、
厳しいようだけど、それは君にとって『不要』な人間なんじゃないかなって思う。
失う怖さっていうのは、僕にも解っているつもり。
なんせ、もうすぐ『命』を失うわけだしね(笑)」
隆 笑い…じゃねぇよ…
一番怖いもんじゃねぇか、命を失うのって。
司 「今、命を失うのが一番怖いとか思ったでしょ。」
隆 ………!
司 「僕の価値観では、違うんだよね。
僕にとって一番失いたくないのは、命なんかじゃない。
『大切な人』だよ。
自分がやりたいように邁進まいしんすることに対して、
ただ無言で応援してくれる人。
言いたいことを何でも言える人。
時に喧嘩することもあるかもしれない。
でも、そういったことも、腹を割って話せる人だからできるんじゃないかな。
そうじゃなければ、ただ上っ面な喧嘩でしかない。
本気で喧嘩してないんだよ。
だからさ、君は『本当の』友達を見つけて、
自分の夢に向かって進んで欲しいんだ。
今からでも遅くはないと思うよ?
随分長い手紙になっちゃったな。」
司と隆のクロスフェード
「最後にひとこと。頑張れ、隆。僕はいつでも君の味方だよ。」
隆 馬鹿野郎…お前は大馬鹿野郎だ!
偉そうな事書いておきながら、
お前は俺に隠してた事があるじゃねぇか!
しかも、最後の最後になって、
初めて俺のこと名前で呼びやがって!
なんだよ、これ!
何のつもりなんだよ!
俺にどうしろってんだよ!
こんなの…辛すぎるだけじゃねぇか!
照明が少し暗くなる
司が声だけで話しかける
司 さ、進むんだ。
隆 ! 司か!?
司 此処は君の居るべき場所じゃないんだ。
今まで有難う。
すごく感謝してるよ。
おかげで僕は最期に大切な人ができたんだ。
ほら、窓の外を見てごらん?
眩しすぎる程の太陽が顔を覗かせてるよ?
無言で涙を拭いて、立ち上がり、病室をあとにする隆。
その足取りに、迷いはない。