桜の樹の下で
比率 1:1:0
台本を使う前に【利用上のルール】をお読みください。
台詞内容の一部や語尾などをいじれば0:2:0でも可能です 。
利用上のルールにかかわらず、性別にあうように語尾などを自由に言い換えても問題ありません。
悠基(♂)
香澄(♀)
◆シーン1
◇電車のシートに座りながら、本を読んでいる。
ふと視線を上げる。
悠基 :思ったよりも混んでるな。
いっつも車両に人なんてほとんど居ないのに。
そういえば入学シーズンだっけ。
懐かしいなぁ。俺にもそういう頃があったっけ。
◇とある駅に到着する。
一人の女の子が乗車する。
香澄 :あの……ここに座ってもいいですか?
悠基 :え? ああ、別に構わないけど……
他にも席は空いてるよ? いいの?
香澄 :うん……
悠基 :そっか。
◇香澄、少し俯き加減。
悠基は気にせず本を読んでいる。
しかし、どうにも隣の女の子(香澄)が気にかかる。
悠基 :あのさ……
香澄 :え?
悠基 :春から新しい高校に通うのかな?
香澄 :はい。やっぱり判っちゃいます?
悠基 :そりゃね。
制服も真新しい感じだし、この電車に慣れてるとも思えないからさ。
香澄 :くすっ……名推理ですね。
悠基 :笑うことないだろう?
香澄 :あ……ごめんなさい。
悠基 :いや、責めるつもりで言ったわけじゃないんだ。
香澄 :そうですか? よかった。
悠基 :でもさ、どうして俺の隣に座ろうと思ったの?
香澄 :知らない電車に乗ってっていうのが、ちょっと心細くて。
だから、誰かの近くにって思ったから。
悠基 :男の隣の方が怖いって感じると思うんだけど?
香澄 :そう……かもしれない。
でも、貴方なら大丈夫かなって。
悠基 :そっか……ありがとう。
香澄 :いつもこの電車に乗っているんですか?
悠基 :そうだね。
ほら、あまり本数ないでしょ?
だから、どうしても決まってきちゃうってわけさ。
香澄 :うん。私も、これ以外だと早く着き過ぎるか、
もしくは遅刻しちゃうから。
悠基 :何かと不便だよな、田舎って。はははっ。
香澄 :そうですね。ふふっ。
悠基 :おっと、この駅で降りなきゃ。
じゃあ、またな!
香澄 :待って!
悠基 :え?
香澄 :また明日も、同じ電車ですよね?
悠基 :もちろん。
香澄 :よかった。じゃあ、行ってらっしゃい。
悠基 :お……おう。
◇悠基退場
香澄 :そういえば……名前訊くの忘れちゃった。
でも、明日があるからいいよね?
◇暗転
◆シーン2
◇再び電車で悠基だけが座って本を読んでいる。
駅に到着すると、香澄が車内に飛び込んでくる。
香澄 :おはようございます!
悠基 :おはよう。
香澄 :なんか日課になってますね。
悠基 :そうだな。
他に乗客は少ないし、寧ろこうして君と話すのが楽しくて、
毎朝が楽しみだよ。
香澄 :本当ですか!? 嬉しいな。
悠基 :もちろん本当さ。
あの日、香澄ちゃんが声をかけてくれて、すごく嬉しかった。
もし、お互いに遠い席に座っていたら、
今頃こうして話をするなんてなかっただろうからね。
香澄 :そうかもしれないですね。
私、引っ込み思案だから。
悠基 :そうなの?
香澄 :うん……
悠基 :そうは見えないなぁ。
香澄 :あ、酷ーい。
悠基 :あはははは。
香澄 :桜前線。
悠基 :え?
香澄 :桜前線が通過してて、今は満開ですよ。
今度、一緒にお花見しませんか?
悠基 :花見か……
香澄 :嫌いなんですか?
悠基 :そうじゃないよ? ただ、もう何年もしてないなーって。
香澄 :だったら、尚のこと、行きましょうよ!
私、隠れスポット知ってるんですよ?
悠基 :そっか。行こうか。
香澄 :それでね……まだ連絡先とか知らないから……
悠基 :ああ、交換してなかったな。
香澄 :その……いいですか?
悠基 :もちろん、喜んで。
香澄 :じゃあ、赤外線で。
悠基 :オッケー。
◇赤外線通信で連絡先を交換する二人
香澄 :『ゆうき』さんの字って、こう書くんですね。珍しいかも。
悠基 :そうかなぁ。気にしたことないけど。
香澄 :なんかゆったりしたイメージのまま。
悠基 :両親がそう願ってこの名前にしたらしいよ。
香澄 :素敵ですよ。
悠基 :ありがとう。『かすみ』ちゃんも綺麗な字だね。
香澄 :(照れながら)ありがとうございます。
それでね、今日の夕方は空いてますか?
悠基 :唐突だな。
香澄 :だって、さっき言ったとおり今が桜の満開。
日が経っちゃうと、葉桜になっちゃうもん。
悠基 :それもそっか。うん、夕方は空いてるよ。
香澄 :じゃあ、場所は桜ヶ丘駅。時間は5時で。
悠基 :はいよ。なんか、前々から決めてたみたいだな。
香澄 :え……バレちゃいました?
悠基 :だって、そうじゃなきゃ、
こんなにすっと時間と場所出てこないから。
香澄 :相変わらず鋭いですね。
悠基 :そうかなぁ。
香澄 :そうですよ。
(二人で笑いあう)
悠基 :あ、降りなきゃ。
じゃあ、5時に桜ヶ丘駅ね。
香澄 :はい! 待ってますから!
◇悠基退場
香澄 :言えるかなぁ……
◇暗転
◆シーン3
◇桜の樹の下
悠基と香澄は各々樹にもたれ掛っているが
ちょうど背中合わせの形になっている。
悠基 :本当に綺麗だな。
人も居ないし、花びらの舞い散る音が聞こえてきそうだ。
香澄 :うん……
悠基 :久しぶりだけど、花見っていうのも悪くないな。
香澄 :うん……
悠基 :どうした? なんか元気ないみたいだけど。
香澄 :そ……そんなことないよ?
◇悠基、香澄の居る側に回り込む。向かい合う形。
悠基 :俺とじゃ、やっぱり楽しめない?
香澄 :そんなことないよ!
悠基 :じゃあ、なんでつまらなそうにしてるの?
香澄 :それは……
悠基 :俺は、すごく楽しいよ。
こうして誘ってくれて、こんな綺麗な桜を見ることができて。
香澄 :うん……
悠基 :それに……
香澄 :え?
悠基 :俺さ……あの日、君に声をかけてもらえて嬉しかった。
君に逢って……
香澄 :私も……本当はね……
悠基 :え?
香澄 :初めての電車通学で、不安で一杯だったの。
新しい生活はちょっと楽しみでもあったけど、不安もあったから。
でも、電車に乗って悠基さんを見たとき、なんか安心しちゃって。
これって…一目惚れって言うのかな。
悠基 :香澄……
香澄 :……。
悠基 :俺も、初めて声をかけてくれて以来、ずっと香澄のことを考えてた。
香澄 :本当!?
悠基 :ああ。
香澄 :嬉しい……
◇徐々に薄暗がりになる。
シルエットでキスシーンを演出。
◆シーン4
◇冬。公園のベンチで待ちぼうけしてる悠基。
手に本は持っていない。
駆け込んでくる香澄。
悠基 :おせぇぞ、香澄。
香澄 :ごめんなさい、思いのほか時間がかかっちゃって。
悠基さん、待った?
悠基 :ま、それなりに。
香澄 :ごめんなさい……
悠基 :いいっていいって、そんなに気にすんな。
香澄 :それで、何処に行く予定なの?
悠基 :ノープラン。
香澄 :えー!
悠基 :ははは、別にプランがなくちゃいけないって訳でもないだろ。
その辺をぶらぶらしようかなって。ダメか?
香澄 :ううん、問題ないよ。
悠基 :じゃあ、行こうか。
香澄 :うん!
悠基 :なら、あのバス停まで競争だ!
◇悠基、駆け出して退場
香澄 :ちょっと! 待ってよー!
◇香澄も走りながら退場
◆シーン5
◇夕方
桜の樹の下
悠基 :疲れたか?
香澄 :うん……ちょっとね。
でも、すっごく楽しかったよ。
◇香澄、悠基にもたれ掛る
悠基 :おい……ちょっと……
香澄 :悠基さん、暖かい……
悠基 :………。
香澄 :ねえ、今はもう桜の季節じゃないけど、
来年も、此処でお花見しようね。
悠基 :ああ。そうだな……
香澄 :綺麗だもんね。
悠基 :ああ……
香澄 :絶対だよ?
悠基 :ああ……
香澄 :じゃあ、次、桜が満開になったら
事前に連絡なしに此処に来ることにしようよ。
お互いに満開だと思うタイミング。
それが一致したら、ちょっと素敵じゃない?
悠基 :そうだな……
香澄 :決まり! 今日はありがとう。また明日ね!
悠基 :ああ……また明日。
◇暗転
◆シーン6
◇いつもの電車に元気に駆け込む香澄。
だが、そこには悠基の姿はない。
香澄 :おはよう! って、あれ……居ない?
(周囲を見渡す)
香澄 :おかしいな……いつも同じ所に座ってるのに。
寝坊でもしたのかな……
◇香澄スポット
香澄 :そして、この日以来、ずっと悠基さんを見かけることはなくなった。
携帯に連絡しても、ずっと留守電……
メールを出しても返事は来ない。
当たり前の存在が、消えて初めて気付くその大切さ。
何か心にぽっかり穴が空いた感覚。
季節は冬真っ盛りだった。
風が、いつも以上に冷たく感じた。
それでも私は忘れてない。
あの桜の樹の下で会えるということを。
そう思わないと、寂しくて泣きそうになってしまうから。
◆シーン7
◇満開の桜の樹
一人佇む香澄
香澄 :今日が満開の日。
連絡なしに此処に来ようって話したよね。
そして、それが一致したら素敵だよねって。
(徐々に泣き出す)
香澄 :悠基さんと一緒に出掛けた場所に何度も行ったんだよ?
差し込む陽射しは全然変わってなかった。
でもね、二人で作り出していた影はなかった。
バス停まで駆け出した足跡は残っている気がするけど、
それも気のせいなのかもしれない。
◇一陣の風が吹き抜ける。
桜の花びらが舞い散る。
香澄 :逢いたいよ……貴方の左側は私の特等席なんだよ?
あの温もりが恋しいよ……
◇泣き崩れているところへ、悠基が息を切らして走ってくる。
悠基 :香澄!
香澄 :悠基……さん?
◇香澄を抱きしめる悠基
悠基 :ごめん、ごめんな……
香澄 :(泣いていて声が出ない)
悠基 :大学のキャンパスが変わっちまって、
引っ越ししなくちゃいけなくって。
そのことを言うことができなかった。
なかなか逢えなくなるから……辛くて。
だから、俺のことを忘れて、新しい恋をしたらいいんじゃないかなって
そんなことを考えて、電話が掛ってきても取らなかったんだ。
そうしたら、連絡も来なくなって……
でも……でも、俺は香澄のことを忘れることができなかった。
ずっと香澄のことを考えてた。
もう、約束のことを忘れちまってるかもしれない。
その時は、潔く諦めようって思って。
ダメ元で、この桜が満開の今日、来たんだ。
香澄 :悠基さん……
悠基 :香澄が居てくれて本当によかった。本当に……
香澄 :私も……電話を掛けても留守電だし、メールも返ってこないし。
だから、嫌われちゃったのかと思って。
悠基 :そんなことあるか! 俺にとっては大切な人なんだから……
香澄 :悠基さん……
悠基 :香澄、俺は遠いところに住んでる。
それでも、付き合ってくれるか?
香澄 :うん。
悠基 :ありがとう。
香澄 :約束、憶えててくれて、ありがとう。
悠基 :俺もだよ。
香澄 :これからも……うん、『また』宜しくね。
悠基 :ああ。大好きだよ、香澄。
香澄 :私も!
◇フェードアウト