0番線の奇跡
比率 3:1:0(2:1:1)
この台本は『常磐線415系さん』の作品(こちら)を元に,原作者許諾の下,負傷兵シモンが改定(原作者によるチェック及び訂正込み)したものになります。
台本を使う前に【利用上のルール】をお読みください。
Nは女性が演じても問題ありません。
利用上のルールにかかわらず、Nについては、性別にあうように語尾などを自由に言い換えても問題ありません。
涼太
さくら
駅員・医者・車掌
N(♂推奨)
車掌 :ここはどこにでもある普通の駅…
そう,周りから見て特に変わったように見えません。
でも,あなたが困っている時,悩んでいる時に
現れるホームがあるのをご存知ですか?
その名は0番線。幻のホームなのです。
◇
N :タイトル『0番線の奇跡』
◇
さくら:涼太,まだ寝てるの? 早く起きないと遅刻するわよ?
涼太 :解ってる。もう起きてるって。
それに,そんな急せかさなくても大丈夫。
さくら:あら,いっつも遅刻ギリギリで出勤するのは,どこの誰かしら?
涼太 :まぁ…そうかもしれないけど。
さくら:ふふ…毎日私に起こされているものね。
っと,ほら,急いで!
涼太 :さっきも言ったろ? 大丈夫だって。
昨日の俺の言葉,忘れちまったのか?
さくら:そんなこと言ってたかしら…
涼太 :覚えてないってか。まぁいいや。とにかく,今日はいいんだよ。
さくら:そうだったの。ごめんなさいね。つい,いつもの癖で。
涼太 :気にするなって。
(お互いに笑う)
さくら:今日は何時くらいに帰ってこられそうなの?
涼太 :んー,会議は早めに終わるはずだし,
それが終わったら,寄り道せずにまっすぐ帰ってくるよ。
さくら:同僚に飲みに誘われたりして。
涼太 :否定は…できないかな。でも断るつもり。
さくら:…そっか。分かった。気をつけてね。
涼太 :ああ。じゃ,行ってくるな。
さくら:行ってらっしゃい。
N :玄関から出て行く涼太を見送るさくら。
涼太 :今日は『あの日』だからな…誰が誘おうとちゃんと帰る。
さくらは吃驚びっくりするだろうか…してくれるよな? きっと。
◇
N :その日の夕方。一本の電話がさくらの下に掛かってきた。
さくら:もしもし?
医者 :春川さんのお宅でしょうか。
さくら:ええ…そうですが,どちら様でしょうか。
医者 :あ,私は中央病院の柳瀬やなせと申します。
さくら:はぁ…で,何故病院の方がうちに電話を…
医者 :失礼ですが,警察から連絡がありましたか?
さくら:いえ…特にありませんでしたけど。
医者 :そうですか…実はご主人が駅のホームから転落されました。
運悪く電車に轢かれてしまい…
さくら:ぇ…
医者 :急いで病院に搬送,緊急手術を試みたのですが…手遅れでした…
さくら:そんな…まさか! 嘘でしょ!
医者 :所持品から,春川涼太さんだということが判り,
ご連絡させていただきました。
ご遺体の確認の為,病院にお越しいただければと…
さくら:認めない! そんなの認めたくない!
医者 :………お気持ちはお察しします。ですが確認を…
さくら:主人に限って,そんなことがあるはずないわ!
医者 :落ち着いてください。動揺されて当然かとは思いますが,
一度病院のほうへお願いします。
さくら:………分かりました。
◇
N :自分の旦那がホームに転落して死亡…そんなことあるはずない。
きっと何かの間違い。そうに違いない。
そんな思いを胸に,霊安室へと向かう。
しかし,そこに眠っているのは涼太だった。
表情は穏やかである。
さくら:りょう…た…涼太,涼太! ねぇ,起きてよ!
なんで…(泣きながら)なんで急に私の前から居なくなっちゃうの!
朝はあんなに元気だったじゃない!
目を覚まして…お願いだから目を覚ましてよ!
嘘よね! ただ寝てるだけよね! だから,目を覚ましてよ!
医者 :ご本人で間違いありませんね?
さくら:ねぇ! 主人は起きますよね! もうちょっとしたら起きますよね!
医者 :………残念ながら…
さくら:そんなの嘘よ! 信じない! 私は信じないわよ!
N :医者はさくらの動揺を抑える術すべを持たなかった。
このような経験は何度もあるのに。
どうすることもできず,すっと霊安室をあとにする。
残されたさくらは,一人咽むせび泣いている。
◇
N :涼太の葬儀が行われた。
しかし,さくらにはまるで実感が湧かなかった。
涼太の死を受け入れることができずにいたからだ。
数日,何事もなかったかのように過ごした。
だが,居るべきはずの人が居ない。
当たり前のような会話がない。
こうして,徐々にさくらは涼太の死と向き合うようになっていった。
だが…
さくら:ダメ…彼の居ない生活なんて考えられない。
会いたい…涼太に会いたい!
でも,どうすれば死んでしまった彼に会えるというの?
こんなに会いたいと思っているのに…
(間)
さくら:そうか…こうすれば…こうすれば彼に会える。
彼の居るところに行けば会える…
N :さくらは最寄り駅へと向かう。そして,ホームの白線を見やる。
周囲のざわめきが,人々の往来が,彼女の耳から遠のく。
駅員 :間もなく1番線に電車が参ります。白線の内側までお下がりください。
N :電車の近付く音が聞こえてくる。
さくらはじっと足元だけを見ていた。
さくら:涼太…私も行くよ。貴方の居るところへ…
N :そのままさくらは線路へ飛び込んだ。
(間)
N :さくらが居る場所…そこは天国でも地獄でもなく,駅のホーム。
そこに倒れていたのだった。
さくら:こ…ここは…さっきのホーム? え? なんで?
私はたしかに飛び込んだはず。それに…
N :ゆっくりと立ち上がる。周りに人影はなかった。
ふと視線を上げると,そこには次の文字が眼に入る。
『0番線』
さくら:0番線…ここの駅って,0番線なんてあったっけ?
それとも,あの世への入り口なの?
N :戸惑っているとき,1本の電車がホームに着いた。
見たことのない車両で,乗客は一人も居なかった。
電車が止まり,ドアが開くと,車掌らしき人物が降り立ち,
さくらに向かって微笑みかける。
車掌 :貴女が今日のお客さんですね。
さくら:貴方は誰? ここはどこなんですか?
私はホームへ飛び込み自殺したはずなのに…
車掌 :ははは…驚かれても仕方ありませんね。ここは0番線。
困っている方や悩んでいる方がいらっしゃる,
謂いわば『幻のホーム』なんですよ。
さくら:幻のホーム?
車掌 :ええ。その通りです。
あ,申し遅れましたが,私はこの電車の車掌です。
さくら:はぁ…
N :さくらは半信半疑だった。飛び込んだはずなのに…
しかし,今ここに居る。五感もはっきりしている。
どういう理屈でかは理解できなかったが,
ここに飛ばされたことは確かなようだ。
それなら,この状況を受け入れよう…
そう思って,車掌の話を信じることに決めた。
車掌 :さて,ではいきなりで恐縮ですが本題です。
貴女の話を聞かせていただいてもいいですか?
さくら:実は…私の夫が事故で亡くなりました。
それを一生懸命否定しようともしたのですが,
現実というのは残酷です。厭いやでも気付かされます。
私にはそれが耐えられなかった…
彼の居ない生活は楽しくないんです。
だから,私は後を追うことによって彼に会えるのでは…
そう思って…
車掌 :なるほど。それで飛び込み自殺をしようとしたわけですね。
さくら:はい。私は…彼に会いたい…会いたいんです!
車掌 :ふむ…了解しました。えーっと…その彼のお名前は?
さくら:涼太…春川涼太です。
車掌 :判りました。では,電車に乗ってください。
さくら:え?
車掌 :乗れば解りますよ。
さくら:はい…
N :車掌に促され,電車に乗った。と同時にドアが閉まり,
電車は静かに,ゆっくりと動き出した。
見慣れない…でもどこか安堵する景色が窓の外を流れる。
さくらは,シートに腰掛けながら,彼との想い出を振り返っていた。
出会った時のこと,告白された時のこと,初旅行のこと…
(間)
N :どれほどの時間が流れたのだろうか。
気付いたら,電車はとある駅に停車した。
開いたドアから,たった一人だけ乗車してくる。
その人物を見た瞬間,さくらは言葉を失った。
さくら:りょう…た?
涼太 :さくら!
N :その言葉を耳にした瞬間,さくらは泣き崩れた。抱きしめる涼太。
さくら:なんで…なんで貴方がここにいるの? ここは…あの世?
涼太 :それは解らない。ただ…俺も気がついたらこの駅に居たんだよ。
N :ドアが閉まり,再び電車は動き始めた。
暫く経って,さくらは涼太に話しかける。
さくら:私,涼太が急に死んじゃって本当に悲しかった。
いつも近くに居たはずの涼太が急に目の前から消えちゃってさ,
楽しかった毎日の生活が色褪せてしまったの。
そう…貴方が居たから楽しかった…
だから,ふっと居なくなっちゃって,寂しくて,
そして頼れる人も…
私ね…どうすればいいのか,訳がわかんなくなっちゃって…
涼太 :…辛かったんだよな。俺も,あんなことがなければ…
本当にゴメンな…
さくら:それでね…私は貴方のところへ行こうと思って,
貴方と同じ死に方である電車への飛込みを計はかったの。
だって…私,貴方の居ない生活には耐えられそうもなかったから…
涼太 :そっか…その気持ちは嬉しい。
でも,自殺してまで俺のところに来るのはやめて欲しい。
さくら:どうして? 私は貴方と一緒に居たいのに!
涼太 :ああ…解る。痛いほど解るさ。俺も一緒だ。
だがな,自ら命を絶つ真似はして欲しくない。
お前はお前だけの命を持っている。
いくら一緒にと願っても,命の共有はできないんだ。
だから,お前はしっかり生きろ。
さくら:でも! それじゃ,私は涼太と一緒に居られないじゃない!
私は…私は涼太と一緒に居たいの! 命の共有をしたいの!
涼太 :………。
さくら:私の気持ち…解ってくれるわよね?
あれだけ長い間一緒に過ごしていたんだもの。
涼太 :勿論だ。でもな,俺としては,
このままさくらには生きていて欲しいんだ。
そう…俺が生きられなかった分までも。
さくら:イヤよ…いくら涼太の願いでも,それはイヤ!
私は涼太の近くに居たいの…貴方と一緒に居たいのよ!
涼太 :ダメだ。生きろ,さくら。
さくら:イヤ!
涼太 :生きろ!
さくら:イヤなの! 私,このままだと本当に独りぼっちになっちゃう。
涼太と離れたくない!
涼太 :俺はいつでもお前の傍に居る。
さくら:どこに居るっていうのよ!
涼太 :今,ここに居る。
さくら:………! そうかもしれない。そう…そうね。
でも,どう考えても『ここ』は現実の世界とは違う。
だから,戻ったら,そこには貴方は居ないのよ。
それが耐えられない…耐えられそうもないの!
涼太 :たしかに,『ここ』は現実の世界じゃないだろうな。
それでも,俺はお前の近くに居る。
さくら:どこよ!
涼太 :お前の心の中だ!
さくら:え…
涼太 :俺自身が死んでいても,さくら…お前の心の中で
俺は生き続けることができるんだ。
そう…お前が生きている限り,ずっとな…
さくら:涼太…
涼太 :俺は,いつでもさくらの傍で見守っている。
だから,お前は独りなんかじゃない。
さくら:うん…
涼太 :そうだ,さくらに渡したいものがあるんだった。
さくら:え?
N :涼太はポケットから小さな箱を取り出すと,さくらに手渡した。
さくらはそれを静かに受け取り,そっと開く。
中には指輪が入っていた。
裏には[SAKURA]のロゴが刻まれている。
さくら:これは?
涼太 :あの日…そう,俺が死んだ日。結婚記念日だったよな。
さくら:ちゃんと覚えててくれてたんだ…
涼太 :当たり前だろ? さくらとの結婚記念日を忘れるわけないだろ。
だから会社から帰ったら渡そうと思っていたんだが,
それが叶わなくなって…
でも,どういう理由か解らないけど,こうして今渡すことができる。
だから,受け取ってくれ。
さくら:涼太…本当に…ありがとう…大事にするね。
涼太 :指を出して。
さくら:うん。
N :涼太は指輪を右手に,さくらの指を左手に持つ。
そして,すっと指輪を彼女の薬指へはめた。
さくら:貴方が居なくなってしまうのは辛い。
でもこれがあれば生きていける気がするの。
最高のプレゼント,ありがとう…涼太。
車掌 :間もなく,次の駅に停車します。
涼太 :さて…と。俺は次の駅で降りるか。
さくら:そんな! 行かないで! まだ一緒に居たいの!
涼太 :どうやら,そういう訳にもいかないらしい。
さくら:どういうこと?
涼太 :響いてくるんだよ。頭の中に。声がね。
さくら:声?
涼太 :ああ。このまま,さくらと一緒に電車に乗り続けることもできる。
でも,そうすると俺もお前も一生ここから出られなくなる。
さくら:一緒に居られるなら,私はそれでも構わない!
涼太 :だが,お前は生きている人間。そして俺は死んだ人間。
そんな相反あいはんする存在が長時間一緒に居ること事態,
イレギュラーなことなんだ。
それに,魂の輪廻から外れてしまい,永遠に抜け出せなくなる。
さくら:抜け出せなくてもいい! 私は!
涼太 :(被り気味に)本来の在るべき状態じゃなくなるんだ。
その先に,何が待ち受けているのかも分からない。
さくら:それでも,涼太と一緒なら!
涼太 :さくら…姿かたちに執着する必要がどこにある?
俺はずっと一緒だよ。お前の心の中で。
だから大丈夫。ずっと見守ってるよ。
さくら:う…うん…
N :電車が駅に停車し,ドアがゆっくり開き始める。
涼太は降りようとした。刹那せつな。
さくら:待って!
涼太 :!?
さくら:最後に…キスしても…いい?
涼太 :ああ…もちろんだとも。
N :涼太の言葉を聞き終えると同時に,さくらは涼太の唇に自身の唇を重ねる。
その時間は一瞬であったはずなのに,
二人にとってはとても長く感じられた。
ホームに降り立った涼太は,振り向き,さくらに微笑みかけた。
涼太 :…行ってきます。
さくら:…行ってらっしゃい。
N :ドアが閉まる。そして電車が滑るように走り出した。
涼太はホームに佇んだままである。
二人の距離が徐々に開いていく。ゆっくりと,しかし着実に。
そして,さくらは車内で立ち尽くしている。
さくら:…私,頑張るから。涼太の分もしっかり生きるから。
だからね…見守っててね…
N :次の瞬間,電車は眩い光に包まれ,視界が真っ白になる。
(間)
N :気が付くと,さくらは飛び込んだホームに立っていた。
周囲に喧騒が渦巻いている。
さくら:あれ…ここは…
さっきのはやっぱり夢? それとも…
N :さくらは自分の薬指を見やった。
そこには飛び込む前にはなかった指輪がある。
それを外して裏に目を向けると[SAKURA]と刻まれていた。
さくら:あれは夢じゃなかったんだね…
もう会えない,会話することもできないって思ってた。
でも,それが叶った。
涼太,私,これからも頑張るね。
だから,ずっと一緒に居てね。
N :そして,さくらは日常の世界へと戻っていった。
(間)
車掌 :幻のホーム。それは,あなたが困っている時や悩んでいる時に現れます。
次に訪れるのは,あなたかもしれませんね。
【最後に】
改めて,改変を快諾してくださった常磐線415系さんに感謝致します。
※台本は予告なく削除することがあります