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0番線の奇跡

比率 3:1:0(2:1:1)

この台本は『常磐線415系さん』の作品(こちら)を元に,原作者許諾の下,負傷兵シモンが改定(原作者によるチェック及び訂正込み)したものになります。

台本を使う前に【利用上のルール】をお読みください。

Nは女性が演じても問題ありません。

利用上のルールにかかわらず、Nについては、性別にあうように語尾などを自由に言い換えても問題ありません。
 

 

涼太

さくら

駅員・医者・車掌

​N(♂推奨)

 
 


車掌 :ここはどこにでもある普通の駅…
    そう,周りから見て特に変わったように見えません。
    でも,あなたが困っている時,悩んでいる時に
    現れるホームがあるのをご存知ですか?
    その名は0番線。幻のホームなのです。

N  :タイトル『0番線の奇跡』

さくら:涼太,まだ寝てるの? 早く起きないと遅刻するわよ?

涼太 :解ってる。もう起きてるって。
    それに,そんな急せかさなくても大丈夫。

さくら:あら,いっつも遅刻ギリギリで出勤するのは,どこの誰かしら?

涼太 :まぁ…そうかもしれないけど。

さくら:ふふ…毎日私に起こされているものね。
    っと,ほら,急いで!

涼太 :さっきも言ったろ? 大丈夫だって。
    昨日の俺の言葉,忘れちまったのか?

さくら:そんなこと言ってたかしら…

涼太 :覚えてないってか。まぁいいや。とにかく,今日はいいんだよ。

さくら:そうだったの。ごめんなさいね。つい,いつもの癖で。

涼太 :気にするなって。

(お互いに笑う)

さくら:今日は何時くらいに帰ってこられそうなの?

涼太 :んー,会議は早めに終わるはずだし,
    それが終わったら,寄り道せずにまっすぐ帰ってくるよ。

さくら:同僚に飲みに誘われたりして。

涼太 :否定は…できないかな。でも断るつもり。

さくら:…そっか。分かった。気をつけてね。

涼太 :ああ。じゃ,行ってくるな。

さくら:行ってらっしゃい。

N  :玄関から出て行く涼太を見送るさくら。

涼太 :今日は『あの日』だからな…誰が誘おうとちゃんと帰る。
    さくらは吃驚びっくりするだろうか…してくれるよな? きっと。

N  :その日の夕方。一本の電話がさくらの下に掛かってきた。

さくら:もしもし?

医者 :春川さんのお宅でしょうか。

さくら:ええ…そうですが,どちら様でしょうか。

医者 :あ,私は中央病院の柳瀬やなせと申します。

さくら:はぁ…で,何故病院の方がうちに電話を…

医者 :失礼ですが,警察から連絡がありましたか?

さくら:いえ…特にありませんでしたけど。

医者 :そうですか…実はご主人が駅のホームから転落されました。
    運悪く電車に轢かれてしまい…

さくら:ぇ…

医者 :急いで病院に搬送,緊急手術を試みたのですが…手遅れでした…

さくら:そんな…まさか! 嘘でしょ!

医者 :所持品から,春川涼太さんだということが判り,
    ご連絡させていただきました。
    ご遺体の確認の為,病院にお越しいただければと…

さくら:認めない! そんなの認めたくない!

医者 :………お気持ちはお察しします。ですが確認を…

さくら:主人に限って,そんなことがあるはずないわ!

医者 :落ち着いてください。動揺されて当然かとは思いますが,
    一度病院のほうへお願いします。

さくら:………分かりました。

N  :自分の旦那がホームに転落して死亡…そんなことあるはずない。
    きっと何かの間違い。そうに違いない。
    そんな思いを胸に,霊安室へと向かう。
    しかし,そこに眠っているのは涼太だった。
    表情は穏やかである。

さくら:りょう…た…涼太,涼太! ねぇ,起きてよ!
    なんで…(泣きながら)なんで急に私の前から居なくなっちゃうの!
    朝はあんなに元気だったじゃない!
    目を覚まして…お願いだから目を覚ましてよ!
    嘘よね! ただ寝てるだけよね! だから,目を覚ましてよ!

医者 :ご本人で間違いありませんね?

さくら:ねぇ! 主人は起きますよね! もうちょっとしたら起きますよね!

医者 :………残念ながら…

さくら:そんなの嘘よ! 信じない! 私は信じないわよ!

N  :医者はさくらの動揺を抑える術すべを持たなかった。
    このような経験は何度もあるのに。
    どうすることもできず,すっと霊安室をあとにする。
    残されたさくらは,一人咽むせび泣いている。

N  :涼太の葬儀が行われた。
    しかし,さくらにはまるで実感が湧かなかった。
    涼太の死を受け入れることができずにいたからだ。
    数日,何事もなかったかのように過ごした。
    だが,居るべきはずの人が居ない。
    当たり前のような会話がない。
    こうして,徐々にさくらは涼太の死と向き合うようになっていった。
    だが…

さくら:ダメ…彼の居ない生活なんて考えられない。
    会いたい…涼太に会いたい!
    でも,どうすれば死んでしまった彼に会えるというの?
    こんなに会いたいと思っているのに…

(間)

さくら:そうか…こうすれば…こうすれば彼に会える。
    彼の居るところに行けば会える…

N  :さくらは最寄り駅へと向かう。そして,ホームの白線を見やる。
    周囲のざわめきが,人々の往来が,彼女の耳から遠のく。

駅員 :間もなく1番線に電車が参ります。白線の内側までお下がりください。

N  :電車の近付く音が聞こえてくる。
    さくらはじっと足元だけを見ていた。

さくら:涼太…私も行くよ。貴方の居るところへ…

N  :そのままさくらは線路へ飛び込んだ。

(間)

N  :さくらが居る場所…そこは天国でも地獄でもなく,駅のホーム。
    そこに倒れていたのだった。

さくら:こ…ここは…さっきのホーム? え? なんで?
    私はたしかに飛び込んだはず。それに…

N  :ゆっくりと立ち上がる。周りに人影はなかった。
    ふと視線を上げると,そこには次の文字が眼に入る。
    『0番線』

さくら:0番線…ここの駅って,0番線なんてあったっけ?
    それとも,あの世への入り口なの?

N  :戸惑っているとき,1本の電車がホームに着いた。
    見たことのない車両で,乗客は一人も居なかった。
    電車が止まり,ドアが開くと,車掌らしき人物が降り立ち,
    さくらに向かって微笑みかける。

車掌 :貴女が今日のお客さんですね。

さくら:貴方は誰? ここはどこなんですか?
    私はホームへ飛び込み自殺したはずなのに…

車掌 :ははは…驚かれても仕方ありませんね。ここは0番線。
    困っている方や悩んでいる方がいらっしゃる,
    謂いわば『幻のホーム』なんですよ。

さくら:幻のホーム?

車掌 :ええ。その通りです。
    あ,申し遅れましたが,私はこの電車の車掌です。

さくら:はぁ…

N  :さくらは半信半疑だった。飛び込んだはずなのに…
    しかし,今ここに居る。五感もはっきりしている。
    どういう理屈でかは理解できなかったが,
    ここに飛ばされたことは確かなようだ。
    それなら,この状況を受け入れよう…
    そう思って,車掌の話を信じることに決めた。

車掌 :さて,ではいきなりで恐縮ですが本題です。
    貴女の話を聞かせていただいてもいいですか?

さくら:実は…私の夫が事故で亡くなりました。
    それを一生懸命否定しようともしたのですが,
    現実というのは残酷です。厭いやでも気付かされます。
    私にはそれが耐えられなかった…
    彼の居ない生活は楽しくないんです。
    だから,私は後を追うことによって彼に会えるのでは…
    そう思って…

車掌 :なるほど。それで飛び込み自殺をしようとしたわけですね。

さくら:はい。私は…彼に会いたい…会いたいんです!

車掌 :ふむ…了解しました。えーっと…その彼のお名前は?

さくら:涼太…春川涼太です。

車掌 :判りました。では,電車に乗ってください。

さくら:え?

車掌 :乗れば解りますよ。

さくら:はい…

N  :車掌に促され,電車に乗った。と同時にドアが閉まり,
    電車は静かに,ゆっくりと動き出した。
    見慣れない…でもどこか安堵する景色が窓の外を流れる。
    さくらは,シートに腰掛けながら,彼との想い出を振り返っていた。
    出会った時のこと,告白された時のこと,初旅行のこと…

(間)

N  :どれほどの時間が流れたのだろうか。
    気付いたら,電車はとある駅に停車した。
    開いたドアから,たった一人だけ乗車してくる。
    その人物を見た瞬間,さくらは言葉を失った。

さくら:りょう…た?

涼太 :さくら!

N  :その言葉を耳にした瞬間,さくらは泣き崩れた。抱きしめる涼太。

さくら:なんで…なんで貴方がここにいるの? ここは…あの世?

涼太 :それは解らない。ただ…俺も気がついたらこの駅に居たんだよ。

N  :ドアが閉まり,再び電車は動き始めた。
    暫く経って,さくらは涼太に話しかける。

さくら:私,涼太が急に死んじゃって本当に悲しかった。
    いつも近くに居たはずの涼太が急に目の前から消えちゃってさ,
    楽しかった毎日の生活が色褪せてしまったの。
    そう…貴方が居たから楽しかった…
    だから,ふっと居なくなっちゃって,寂しくて,
    そして頼れる人も…
    私ね…どうすればいいのか,訳がわかんなくなっちゃって…

涼太 :…辛かったんだよな。俺も,あんなことがなければ…
    本当にゴメンな…

さくら:それでね…私は貴方のところへ行こうと思って,
    貴方と同じ死に方である電車への飛込みを計はかったの。
    だって…私,貴方の居ない生活には耐えられそうもなかったから…

涼太 :そっか…その気持ちは嬉しい。
    でも,自殺してまで俺のところに来るのはやめて欲しい。

さくら:どうして? 私は貴方と一緒に居たいのに!

涼太 :ああ…解る。痛いほど解るさ。俺も一緒だ。
    だがな,自ら命を絶つ真似はして欲しくない。
    お前はお前だけの命を持っている。
    いくら一緒にと願っても,命の共有はできないんだ。
    だから,お前はしっかり生きろ。

さくら:でも! それじゃ,私は涼太と一緒に居られないじゃない!
    私は…私は涼太と一緒に居たいの! 命の共有をしたいの!

涼太 :………。

さくら:私の気持ち…解ってくれるわよね?
    あれだけ長い間一緒に過ごしていたんだもの。

涼太 :勿論だ。でもな,俺としては,
    このままさくらには生きていて欲しいんだ。
    そう…俺が生きられなかった分までも。

さくら:イヤよ…いくら涼太の願いでも,それはイヤ!
    私は涼太の近くに居たいの…貴方と一緒に居たいのよ!

涼太 :ダメだ。生きろ,さくら。

さくら:イヤ!

涼太 :生きろ!

さくら:イヤなの! 私,このままだと本当に独りぼっちになっちゃう。
    涼太と離れたくない!

涼太 :俺はいつでもお前の傍に居る。

さくら:どこに居るっていうのよ!

涼太 :今,ここに居る。

さくら:………! そうかもしれない。そう…そうね。
    でも,どう考えても『ここ』は現実の世界とは違う。
    だから,戻ったら,そこには貴方は居ないのよ。
    それが耐えられない…耐えられそうもないの!

涼太 :たしかに,『ここ』は現実の世界じゃないだろうな。
    それでも,俺はお前の近くに居る。

さくら:どこよ!

涼太 :お前の心の中だ!

さくら:え…

涼太 :俺自身が死んでいても,さくら…お前の心の中で
    俺は生き続けることができるんだ。
    そう…お前が生きている限り,ずっとな…

さくら:涼太…

涼太 :俺は,いつでもさくらの傍で見守っている。
    だから,お前は独りなんかじゃない。

さくら:うん…

涼太 :そうだ,さくらに渡したいものがあるんだった。

さくら:え?

N  :涼太はポケットから小さな箱を取り出すと,さくらに手渡した。
    さくらはそれを静かに受け取り,そっと開く。
    中には指輪が入っていた。
    裏には[SAKURA]のロゴが刻まれている。

さくら:これは?

涼太 :あの日…そう,俺が死んだ日。結婚記念日だったよな。

さくら:ちゃんと覚えててくれてたんだ…

涼太 :当たり前だろ? さくらとの結婚記念日を忘れるわけないだろ。
    だから会社から帰ったら渡そうと思っていたんだが,
    それが叶わなくなって…
    でも,どういう理由か解らないけど,こうして今渡すことができる。
    だから,受け取ってくれ。

さくら:涼太…本当に…ありがとう…大事にするね。

涼太 :指を出して。

さくら:うん。

N  :涼太は指輪を右手に,さくらの指を左手に持つ。
    そして,すっと指輪を彼女の薬指へはめた。

さくら:貴方が居なくなってしまうのは辛い。
    でもこれがあれば生きていける気がするの。
    最高のプレゼント,ありがとう…涼太。

車掌 :間もなく,次の駅に停車します。

涼太 :さて…と。俺は次の駅で降りるか。

さくら:そんな! 行かないで! まだ一緒に居たいの!

涼太 :どうやら,そういう訳にもいかないらしい。

さくら:どういうこと?

涼太 :響いてくるんだよ。頭の中に。声がね。

さくら:声?

涼太 :ああ。このまま,さくらと一緒に電車に乗り続けることもできる。
    でも,そうすると俺もお前も一生ここから出られなくなる。

さくら:一緒に居られるなら,私はそれでも構わない!

涼太 :だが,お前は生きている人間。そして俺は死んだ人間。
    そんな相反あいはんする存在が長時間一緒に居ること事態,
    イレギュラーなことなんだ。
    それに,魂の輪廻から外れてしまい,永遠に抜け出せなくなる。

さくら:抜け出せなくてもいい! 私は!

涼太 :(被り気味に)本来の在るべき状態じゃなくなるんだ。
    その先に,何が待ち受けているのかも分からない。

さくら:それでも,涼太と一緒なら!

涼太 :さくら…姿かたちに執着する必要がどこにある?
    俺はずっと一緒だよ。お前の心の中で。
    だから大丈夫。ずっと見守ってるよ。

さくら:う…うん…

N  :電車が駅に停車し,ドアがゆっくり開き始める。
    涼太は降りようとした。刹那せつな。

さくら:待って!

涼太 :!?

さくら:最後に…キスしても…いい?

涼太 :ああ…もちろんだとも。

N  :涼太の言葉を聞き終えると同時に,さくらは涼太の唇に自身の唇を重ねる。
    その時間は一瞬であったはずなのに,
    二人にとってはとても長く感じられた。
    ホームに降り立った涼太は,振り向き,さくらに微笑みかけた。

涼太 :…行ってきます。

さくら:…行ってらっしゃい。

N  :ドアが閉まる。そして電車が滑るように走り出した。
    涼太はホームに佇んだままである。
    二人の距離が徐々に開いていく。ゆっくりと,しかし着実に。
    そして,さくらは車内で立ち尽くしている。

さくら:…私,頑張るから。涼太の分もしっかり生きるから。
    だからね…見守っててね…

N  :次の瞬間,電車は眩い光に包まれ,視界が真っ白になる。

(間)

N  :気が付くと,さくらは飛び込んだホームに立っていた。
    周囲に喧騒が渦巻いている。

さくら:あれ…ここは…
    さっきのはやっぱり夢? それとも…

N  :さくらは自分の薬指を見やった。
    そこには飛び込む前にはなかった指輪がある。
    それを外して裏に目を向けると[SAKURA]と刻まれていた。

さくら:あれは夢じゃなかったんだね…
    もう会えない,会話することもできないって思ってた。
    でも,それが叶った。
    涼太,私,これからも頑張るね。
    だから,ずっと一緒に居てね。

N  :そして,さくらは日常の世界へと戻っていった。

(間)

車掌 :幻のホーム。それは,あなたが困っている時や悩んでいる時に現れます。
   次に訪れるのは,あなたかもしれませんね。

【最後に】 
 改めて,改変を快諾してくださった常磐線415系さんに感謝致します。

※台本は予告なく削除することがあります

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